まごころ在宅医療クリニック
岩尾 康子 院長プロフィール
1969年に愛知県春日井市で生まれる。1994年に藤田保健衛生大学を卒業後、藤田保健衛生大学船曳外科に入局し、藤田保健衛生大学病院で研修を行う。1996年に豊田地域医療センターに勤務を経て、1997年に藤田保健衛生大学病院船曳外科に勤務する。2001年に臓器別再編に伴い、藤田保健衛生大学病院上部消化器外科に勤務する。2003年に藤田保健衛生大学上部消化器外科講師に就任する。2007年4月にまごころ在宅医療クリニックに勤務する。2007年6月にまごころ在宅医療クリニック院長、理事長に就任する。
日本外科学会専門医、日本消化器病学会専門医、産業医など。
愛知県名古屋市中村区は豊臣秀吉の出身地として有名で、戦前から栄えている商工業地域である。現在は名古屋駅周辺でリニア中央新幹線の開業に向けての再開発も活発に行われており、超高層ビルが林立する。一方で、中村公園一帯は豊臣秀吉を祭った豊国神社や加藤清正誕生地として伝えられる妙行寺、鎮守の森が広がる熊野社などがあり、歴史を感じさせるエリアである。
まごころ在宅医療クリニックは熊野社の近くに、2004年に開業した在宅医療専門のクリニックである。最寄り駅は近鉄名古屋線黄金駅、名古屋市営地下鉄桜通線中村区役所駅で、それぞれ徒歩7分、15分の距離である。まごころ在宅医療クリニックでは365日24時間の電話対応を行い、末期がんや神経難病も診ている。
今月はまごころ在宅医療クリニックの岩尾康子院長にお話を伺った。
開業に至るまで
◆ 医師を目指された経緯をお聞かせください。
父が外科医で19床の有床診療所を開業していました。小さい頃から、夜に救急車が来て、父が手術などで忙しくしている姿を見ていましたので、無意識のうちに医師という職業に憧れていました。また、高校生のときに祖母が肺がんで亡くなったんです。祖母は半分は病院で、半分は自宅で過ごしました。そういう経験から、私も医師を目指そうと思うようになりました。
◆ 大学時代はどのような学生でしたか。
硬式テニス部に入っていましたので、真っ黒でした(笑)。テニスは中学時代から続けていましたが、高校のテニス部はあまり熱心に活動しておらず、やりたいときにやる程度だったんですね。でも、大学での練習はとても厳しかったです。日曜日は大会などで、ほぼ潰れていましたね。西医体に進むことはなかなかできませんでしたが、東海地区では一部リーグに踏みとどまっていました。先輩が怖かったので、一部リーグにいられるように必死で練習していたんです(笑)。
◆ 大学時代はどんなご趣味をお持ちでしたか。
4年生まではテニスに打ち込み、5年生ではポリクリが忙しかったので、趣味と言えるのは映画鑑賞でしょうか。6年生のときはよく観に行っていました。その1年は時間があったので、友達と買い物などに行くのも楽しみでしたね。卒後20年になりますが、当時の友達とは男女問わず、今もよく会っています。
◆ 専門を外科に決めたのはどんな理由からですか。
消化器に興味があり、最初は消化器内科を考えていました。それでも外科にしたのは一貫した治療がしたかったからです。消化器内科の先生方からは異論があるでしょうし、今の私もナンセンスだと理解していますが、当時の私は消化器内科は検査が主体の診療科だと思い込んでいたんですね。外科で外来、超音波検査などでの診断、手術、その後の治療という流れを経験したいと考えていました。
◆ 藤田保健衛生大学船曳外科に入局されたのですね。
船曳外科では船曳孝彦教授のもとで一般外科を学びました。とても厳しかったですが、頑張ったお蔭で今があると感謝しています。2001年に落合正宏教授が船曳外科を引き継がれました。当時は臓器別編成にする大学が増えてきた頃で、藤田保健衛生大学も時代の流れに合わせる形で、この年に臓器別診療体系が発足しました。それで、落合外科は藤田保健衛生大学外科・上部消化管グループとして再編されたんです。上部消化器外科ですから、食道がんや胃がんといった上部消化管疾患の外科診療が中心になり、そのほかにはヘルニア、虫垂炎などの一般外科疾患も診ていました。
◆ 臓器別編成になって、いかがでしたか。
胆膵や下部消化管にはタッチしなくなったのですが、私としては良かったです。2006年に教授が宇山一朗教授に変わりました。宇山教授は鏡視下手術の第一人者であり、王貞治さんの手術をしたことで知られています。鏡視下手術は皆でモニターを見ることができるのが利点でもあります。リスクがより少ない腹腔鏡手術を学べましたし、大学病院ならではのレベルを保つ難しさなど、色々な意味で勉強になりましたね。
◆ 豊田市の豊田地域医療センターにも勤務されたのですね。
3年目のときに勤務しました。大学病院は臨床研修制度が始まってから若手医師不足になりましたので、私の場合は市中病院での勤務はこの病院だけなんです。この病院では胆石や虫垂炎といった一般外科が多かったですね。内科で診られない疾患も外科で全て診ていました。マムシに噛まれたといったような、地方ならではの症例もありましたね(笑)。
◆ 在宅医療に興味を持たれたきっかけはどんなことだったのでしょう。
大学が臓器別になる前までは自分の科で手術した患者さんをずっと診ていたんです。緩和ケア病棟に移すこともなく、再発を診たり、末期の患者さんへのターミナルケアも行っていました。当時は在宅医療の受け皿が乏しく、ご自宅になかなか帰られない患者さんの姿を10年ぐらい見てきたんです。大学は在宅医療との連携に取り組んでいなかったんですね。そこで在宅医として開業したら、出す側も受け皿も両方がうまくいき、スムーズな連携ができるのではないかと考えるようになりました。
◆ 勤務医時代を振り返って、いかがですか。
自由な時間が少なく、とても忙しかったです。手術後の患者さんが肺炎などになれば、落ち着かせるまでが大変でしたしね。責任ある仕事をさせていただけたと思います。大学病院での勤務が長かったので、教育も大事な仕事でした。特に講師に就任してからは研修医教育の比重が大きくなり、遣り甲斐のある毎日でした。
開業の契機・理由
◆ 開業の動機をお聞かせください。
夫が内科医で、老年内科を専攻しています。最初は夫が開業し、手伝ってくれないかと言われたのがきっかけです。私は外科医として末期がんなどの患者さんに携わりながら、「患者さんをご自宅にお帰ししたいなあ」と思っていましたので、在宅医療への関心が高く、二人でやっていくことにしました。ところが、夫が大学で教職に就くことになりましたので、私が院長に就任し、現在に至っています。
◆ ご主人は開業にあたって、在宅医療をメインにしようと考えていらっしゃったのですね。
そうです。アメリカには2000人規模のコミュニティに対して、1つのコールセンターがあり、24時間の電話相談に応じています。ただ、アメリカにはナース・プラクティショナーがいるなど、看護師の業務範囲が日本より広いので一概に比較はできませんが、日本でも在宅医療を進めていきたいと考えていました。病院での在院日数が短くなっているだけに、患者さんが在宅でハッピーに過ごせるためのお手伝いをしたかったのです。
◆ 開業地はどのように決められたのですか。
中村区を選んだのは高齢化率が高かったからです。在宅医療の場合は駐車場の確保が必須ですので、そういった観点からも場所探しをしました。結果として、10台分を確保し、在宅医療に特化したクリニックを行うということで建物を建てていただきました。
◆ 開業地をご覧になっての第一印象はいかがでしたか。
悪くはなかったですが、在宅医療がメインですので、駅からの近さなどにはあまりこだわっていませんでした。外来は予約制で、ご依頼のあった患者さんのみです。クリニックの名称に「在宅医療」と入っているからか、外来へのご依頼は少ないですね。
◆ マーケティングはなさいましたか。
名古屋市内の区ごとに高齢化率を調査したぐらいで、マーケティングと言えるほどではありません。最初は手探りでしたし、私が院長職に就いてから軌道に乗った感じです。
◆ どのように広報なさったんですか。
各病院の退院調整室を回り、手応えを掴んでいきました。当初は在宅医療そのものへの認知度が低かったですね。往診と訪問診療の区別がついていない関係者も多かったです。退院調整室に継続して回っていかないと、患者さんはいらっしゃらないのだと痛感しました。在宅医療の場合は患者さんのほとんどが高齢の方ですから、インターネットの効果が低いんです。ホームページのアクセスも少なかったですね。
◆ ほかに、ご苦労された点はどんなことですか。
看護師の扱いに悩みました。募集をかけるときに訪問看護ステーションの看護師にするのか、クリニックの看護師にするのかということですね。その迷いがあったので、医師のほかは事務スタッフのみで開業しました。開業後しばらくすると、患者さんが増えてきましたので、看護師の雇用を始めました。
◆ 医師会には入りましたか。
名古屋市医師会に入会しました。入会にあたっては「在宅医療だけで大丈夫なの」と心配していただきました(笑)。先輩会員の先生方には患者さんを探していただいたり、お世話になっています。
◆ 開業当初はどのようなスタッフ構成でしたか。
医師は私を含めて常勤3人、非常勤が1人、常勤事務スタッフが2人でした。
◆ 医療設備については、いかがでしょうか。
ポータブルの心電図、超音波、採血の機械程度ですね。クラウド型の電子カルテも導入しました。
◆ 設計や内装のこだわりについて、お聞かせください。
在宅医療メインですので、シンプルに仕上げています。外来もすっきりしていますよ。ただ、私どもは末期がんの患者さんが多いですので、点滴などの荷物がどうしても増えてしまいますね。
クリニックについて
◆ 診療内容をお聞かせください。
在宅医療専門のクリニックです。私どもの特徴としては末期がんの患者さんが多いことが挙げられます。麻薬による疼痛管理、ご自宅や施設での看取りといったターミナルケアですね。また、脊髄小脳変性症やパーキンソン病といった神経難病の患者さんもご依頼があればお受けしています。一方で、胃瘻などでの経管栄養が必要な方は少なくなってきました。そのほかの対処できる措置としては、尿管カテーテルや人工肛門の管理、呼吸器では在宅酸素療法、気管切開、カニューレの交換、人工呼吸器の管理です。褥瘡の処置も行っています。
訪問回数は患者さんの状態によって変わりますが、原則として月に2回の定期訪問診療となっています。治療困難な患者さんに対しては薬の調整をしながら、ほかの医療機関との連携を速やかに取ることを心がけています。
◆ どういった方針のもとで、診療なさっているのですか。
患者さんご本人とご家族の方の意向を踏まえるということです。私どもには私のほかに常勤医師が3人、非常勤医師が3人いますので、情報を共有しながら、患者さんやご家族とよく話し合うようにしています。ただ、患者さんを日頃、診ているのは看護師などのスタッフですから、スタッフの意見も尊重しています。
◆ 患者さんの層はいかがですか。
高齢の方がほとんどです。神経難病の患者さんも高齢の方が多いですが、末期がんの患者さんですと30代から40代の方もいらっしゃいます。
◆ 外科の専門医が在宅医療をなさっているのは珍しいですよね。
最近は増えてきましたよ。現代は2人に1人ががんになる時代です。末期がんの方が多くなってきますと、消化器内科の医師のみならず、ターミナルの患者さんを診てきた外科医としての経験が活きますね。緩和ケアでは麻薬の処方が必要です。クリーンベンチを持ち、無菌調剤が可能な薬局と連携し、麻薬の皮下注射などでの痛みのコントロールも外科医が得意とするところです。また、訪問看護師との連携など、チーム医療への意識が重要な点も外科で学んだことですね。
◆ 病診連携については、いかがですか。
名古屋第一赤十字病院、名古屋掖済会病院、名古屋大学医学部附属病院、名古屋市立大学病院、愛知県がんセンター中央病院、名古屋医療センター、名古屋セントラル病院、中部ろうさい病院などと連携しています。名古屋にはターミナルカンファレンスという制度があり、病院と在宅医療のスタッフがカンファレンスを開いているんです。こういった場に顔を出しておくと、勤務医の先生方との連携が取れますし、在宅で厳しくなった患者さんを病院で受け入れていただいたり、ご紹介した患者さんの病状の把握もできますね。
◆ 経営理念をお教えください。
皆がばらばらだとまとまらなくなります。スタッフが心を一つにして、良い医療を提供したいと思っています。患者さんやご家族の立場に立って考え、電話応対一つでも心を込めたものにできたら、患者さんやご家族も気持ち良くなるはずです。
◆ スタッフ教育はどのようにされていますか。
診療日の毎朝、カンファレンスを実施しています。前日の夜間や土曜、日曜、祝日のオンコールでの報告を聞いたり、情報を共有しています。在宅医療についての勉強会もたまに開催し、浅く、広く知識を吸収しています。私を含め、医師は家庭医療に関する勉強会に出席していますし、名古屋大学や藤田保健衛生大学との共同研究や勉強会も行っています。
◆ 増患対策について、どのようなことをなさっていますか。
ホームページを作っています。それから、訪問看護ステーションの看護師さんやケアマネージャーさんとの交流ですね。ケアマネージャーさんの勉強会に出席させていただくのは医療連携のうえでも大切です。また、中村区訪問看護ステーションとは密接に連携しています。
開業に向けてのアドバイス
開業医に求められるのは分かりやすく説明できる能力です。そして、「医師である前に人であれ」ということですね。ぶっきらぼうな態度は患者さんに失礼です。最近は電子カルテが普及していますが、入力に一生懸命になってしまって、患者さんの目を見る機会が減っている気がします。患者さんは医師に話を聞いてほしいのです。患者さんの話を聞くうちに信頼関係ができ、さらには口コミにも繋がっていきますので、人と人との関係を大切にしたいですね。
プライベートの過ごし方(開業後)
夏は医師全員が1週間の休暇を取ることができるように、調整を行っています。私の場合は子どもがまだ小さく、小学2年生と3歳なんです。旅行も近くの温泉に行ったり、有名テーマパークに行ったりと、国内ばかりですね。日頃のプライベートな時間も子どもと遊ぶことがほとんどです。
タイムスケジュール
クリニック平面図
クリニック概要
まごころ在宅医療クリニック | ||
院長 | 岩尾 康子 | |
住所 | 〒453-0814 愛知県名古屋市中村区熊野町3-7 |
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医療設備 | ポータブル心電図、ポータブル超音波、クラウド型電子カルテなど。 | |
スタッフ | 18人(院長、常勤医師3人、非常勤医師3人、常勤看護師3人、非常勤看護師1人、非常勤診療助手兼運転手1人、常勤事務6人) | |
物件形態 | 戸建て | |
開業資金 | 2000万円 | |
在宅患者数の変遷 | 着任当初100人→3カ月後150人→6カ月後200人→現在500人 | |
URL | http://www.iryouhoujin-youmeikai.com/magokoro-clinic/ |