クリニックの窓教えて、開業医のホント

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―帝国クリニック―
東京都千代田区
 
 
医院長 まずは、リニューアルされた待合室の写真を良く見ていただきたい。

「患者様にも時々、ホテルのようだといわれて、そうですよ、と答えるんです。ここは帝国ホテルの四階ですよって(笑)」

暖色系のアースカラーを使ったシンプルな色調。なだらかな曲線を描く受付カウンターにそって配置された花からは心地よい香り。穏やかな音楽が、最新の音響技術により、壁全体から包み込むように流れてくる。

これは、クリニックの待合室というより、心づくしの行き届いた休憩室か談話室といった風情だ。ソファーに座ると、まるで森の中のように、視線と声が適度に遮られていることがわかる。

「患者様にリラックスしてもらえる環境にしたかったんです。光、香り、音、エアコンディショナーなども工夫しました。患者様中心と、口で言うのは簡単ですが、実際にはかなり難しい。何事であれ、クリニック側の職員の都合で決められていましたからね。発想の根本が変わらないと」


 
 たとえばウォーター・クーラーである。人の出入りが激しい大病院ならばいざ知らず、クリニックに置いてあるのは珍しい。しかも、コップに注ぐタイプだ。これなら、椅子に座って水が飲める。身動きするのもつらい病人にとって、それがどんな意味を持つか考えてみると良い。

「ここでは、患者様のご自宅に、ドクターが訪問して来たような、そういう造りにしたかったんです」


病院は誰のものか。まず第一に、患者様のものである。医師、経営者はその後だ――この待合室には、そんな発想がにじんでいる。

「立派な院長室を作る人もいますが、僕の部屋はシンプルにしました。ここは、仕事に来ているだけで、居室ではありません。アメリカでは、病院は独立したもので、そこに、それぞれの医師が患者さんを連れて来て、治療をする。僕のスタンスはそれに近い。クリニックを、医師一人の持ち物ではなくて、独立したものにしたい。私物化したくないんです」
 

 これは、抽象的な建前ではない。通常、クリニックの長所を宣伝し、特色を決めるのは院長と経営者を兼ねる医師だ。帝国クリニックは、患者と街の色に自ら染まろうとしている。

「有名なところに行きたがる人もいるし、名前を売るのもひとつの手です。けれど、街の口コミで、私だけが知っている良い店を大事にする人もいる。そういうスタンスのほうが、来た人はくつろげるんじゃないか。思い切って、街の色に染まり、必要不可欠の存在になるほうが良いのではないかと思うようになりました」

たとえば、学校で保健室が果たしている心療内科的アドバイザーの役割。
「心療内科の看板は出していません。けれど、看板を出さなくても、やってきますね。ある意味、9割はそれだという気もします。かつては、やる気が起こらないとか、抽象的な症状が多かったのですが、今は、おなかや頭が痛い、吐き気がするなどの具体的な臓器症状がある。その、かなりの部分がうつ病だという説を聞いたことがあります。確かにそうだと思いますね。病気のほかに、何かつらいことはないのって聞くと、それをきっかけに話が始まるんです。はっきり言って、人の悩み事を、他人が治せるものじゃないんですよ。悩んでいることはそれぞれに違うし。どうこうしろと説教できるほど、僕はえらくないです。悩んでいるときって、もやもやしているだけで、整理がつかないでしょう。しかし、話すときには、順序だてて表現します。僕がアドバイスをしなくても、それで整理がつくんですね。そのお手伝いをしているだけです」

 
 話すきっかけを与え、耳を傾ける。それが医師の仕事か? という声もありそうだが
「プライドの持ち過ぎだと思います。構えすぎているのかもしれない。僕は、医療という仕事をしている、普通の人ですよ。われわれは、パーソナルなサービスをしている。そういう気持ちがないといけませんね。仕事に対して真剣になれれば、プライドはいらないんですよ」


恐らくはこの話しやすさが、紹介で来る患者の多さに結びついている。行きつけと馴染みの間にある、微妙な差を考えてみると良い。腕が良いから通っているだけなら行きつけ。いつ訪ねても必ず話し合い手がいるのが馴染みだ。とっておきを紹介してくれといわれたとき、思い浮かべるのはどちらだろうか?

「うちの特徴は、患者様が患者様を紹介してくれることです。これが、一番の評価だと思っています。大事な人を紹介してくれるんですから」

 
逆のケースもある。
「他の患者から頼まれたけれど紹介しない、と言う患者様もいますね。ややこしいやつだから僕に迷惑をかけるかも知れない、だから紹介できない、と言うんですよ」

これは、患者同士がゆるやかなコミュニティを成立させているからではないだろうか。クリニックの色を、患者が決めているのでなければ、こうは行かないはずだ。
帝国クリニックは、かかりつけから一歩進んだ、わが街の馴染みのクリニックなのだ。
 

 
【勤務医時代と開業後のタイムスケジュールの違い】
勤務医
開業医
スケジュール1
スケジュール2
 
勤務医時代と違い開業医になるとオンとオフの区切りがつかなくなる。開業医は患者様との信頼関係が濃厚になるので、病院を出ても常に患者さまからの連絡があるかもしれないという緊張感が持続している。私のような自宅と医院が離れているビル診療でもこんな調子だから地域医療の医院の先生方はもっと大変だろう。個人的にはこの重圧感は金銭に換えがたいものがあり、勤務医時代より多少収入が多くなっても「割に合わない」と感じるかもしれない。
それ以外にも独立すると今まで全く考えてもみなかった仕事が多くなる。勤務医時代は「医師」としての仕事さえまっとうしていれば良かった。「保険」に関する決まりごとや制約などは「患者さまのために」敢えて無視することさえあったし、それが「医師」の姿だと自負さえしていたものだ。それが開業したとたんにそうはいかなくなる。
あくまでも自分は「保険医」なのである。いかに現行の医療保険制度に矛盾があろうとも、「保険医」はその制約のなかで診療行為を行わなければならないのである。「患者さまのために」自分がマイナスをこうむる事は最初は我慢できても、そのうちにそうも言ってられなくなるものです。
 


2002.12.1掲載 (C)LinkStaff


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