どこまでも語ろう 患者とともに
川崎メンタルクリニック |
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川崎 清嗣 院長 |
「今の患者さんは、本当はもっと話がしたかったのではないか?」
川崎メンタルクリニック・川崎清嗣院長は、一定時間で患者を帰してしまう画一的な精神科医療に、疑問を抱き続けてきた。
対話が必要な患者であれば、納得行くまで語り合いたい
―――それが医学生時代からの宿願だった。
そして開業した今、必要に応じて30分、1時間と時間をかけ、患者個々のニーズを尊重するケース・バイ・ケースの精神科医療を実現している。
「精神科の患者さんこそ、誰よりも自分の話を聞いてもらいたがっています。それを受けとめてこそ、精神科医は仕事をしたといえるのです」
患者と向き合う姿勢からクリニックの経営まで、これまで培ったエッセンスを話してもらった。
●川崎メンタルクリニック 概要
●川崎 清嗣(かわさき・きよつぐ)院長 プロフィール
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■ 開業までの歩み―――「多様性」受け止める精神科を――― |
高知医科大に進んだ川崎先生が精神科を選んだのは、精神病院での実習がきっかけである。
「なかなか大胆な実習をしてくれる病院で、私たち医学生はまる一日、精神病患者さんと過ごすことになりました(笑)」
不安の中で患者と接し始めた先生だが、次第に価値観が変わってきたのだという。
「白衣を剥ぎ取られる同僚もいましたが(笑)、私は患者さんたちに気に入られて、仲良くしてもらいました。
患者さんたちは社会から隔離されているため、自分の話を聞いてくれる相手をとても欲しがっています。病棟のボスのような人は私を新入り患者だと思って、いろんなアドバイスをくれたりします。それを、『変だ』『普通じゃない』と否定してしまうのではなく、共生していくことがなぜできないのか……疑問に思いました。
私は彼らと接するうちに、彼らの言動も妄想も、人間の多様性として受け止められるようになりました。これまで持っていた窮屈な価値観が壊れ、とても開放感を覚えたのです」
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病院概観 |
著書「精神救急」
人間心理のエッセンスが説かれている |
先生はまた、精神科にこそ文学や芸術の力が必要だと考えた。より深い人間理解のためには、人文科学的なアプローチをしたかったからである。より良い学習環境を求め、先生は上京を決意。東京大学精神科に進む。
「学園闘争の名残がまだまだ強い時代です。東大でも二つの派閥の争いが激しく、今では想像もつかないくらい凄い状況でした。しかし教授も上の人たちも、こと医学に関しては非常に熱心に教えてくれました。厳しい指導でしたが、ここで得たものは大きかったと思います」
東大での2年間の研修を経て、先生は埼玉医大に進む。埼玉では関連病院も含め、極めて多種多様な症例に出会うことができた。
「東大で厳しく叩き込まれたことを、埼玉の多様な症例に対して応用することができました。どちらも私にとって素晴らしい学習環境でしたし、開業するための基礎を作ってもらったと思います」
先生が開業を決意したのは32歳の時である。当時、先輩が経営する精神科クリニックを手伝いに行っていたのだが、その先輩が廃業を決意。ぜひとも自分が受け継いで、理想とする精神科医療に挑戦したいと思ったのだった。
知人からの継承と聞くと、何もないところからの開業よりもやりやすく思えるかもしれない。だが現実はそんなに甘くはない。先生の前には、3つの壁が立ちはだかった。 |
「まず一つは、前院長である先輩が、この辺りでは有名な精神科医だったことです。後任としての自分をアピールするのに、かえって苦労しました。継承したからといって、固定患者さんをそっくりそのまま引き継げるわけでないことは、強調しておきたいですね。
二つ目は、もちろんお金です(笑)。確かにゼロからの開業よりは安いのですが、それでも500万は必要でした。ちょうどその時、一軒家を購入したばかりで、手持ちのお金が少ない上にローンも残っていた……そんな状況でお金を工面するのは、大変でしたねぇ。
三つ目は経営者としての苦労です。勤務医時代は仕事の9割が純粋な医療でしたが、院長となるとそうは行きません。そこを上手くモデルチェンジできるかが、成否のカギですね」
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■ クリニックの内容―――苦境乗り越えた 精神科デイケア――― |
それまで勤務医として働いてきた川崎院長が、何より疑問に思っていたこと―――それは患者個々の診療時間が均一なことである。短時間ですむ患者ならそれでいいが、もっと時間を割くべき場合も当然ある。院長は患者個々に応じた対応を重視し、長ければ1時間ものカウンセリングを行ってきた。
「確かに一人あたり10分で多くの診療をこなせば、収益は上がります。しかしそんな画一的な医療だと、患者さんと真に向き合うことはできません。身軽なクリニックだからこそ、その気になれば患者さん一人一人とじっくり向き合うことも可能なのです」
川崎メンタルクリニックはまた、精神科の往診に古くから取り組んできた。
「統合失調症や認知症の方など、外来に来ることができない方もたくさんいらっしゃるわけです。地域密着の精神科を目指す以上、私たちが往診しなければならないと思いました」
当時、往診する精神科はほとんどなく、周囲から疑問視する声も上がったという。それでも院長は志を貫いた。
「単純なことです。ニーズがあるところに手を差し伸べれば、経営的にも結果は出るのです」
この院長の姿勢によって、川崎メンタルクリニックは精神科の往診の先駆的存在となったのである。
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スタッフミーティング
より良い医療を目指し 真剣な議論が続く |
老人医療に関する著書も
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もっとも、川崎院長にも苦しい時期が訪れた。
同クリニックは97年、精神科デイケア「ゆとり」を開設。認知症を患う高齢者の受け入れを始めた。「高齢者の病状を少しでも改善し、自宅で家族と楽しく過ごして欲しい」そんな真心によるものである。
ところがここに大きな落とし穴があった。2004年4月の介護保険スタートである。在宅サービスを利用したり、あるいは施設に入居する高齢者が多くなり、デイケアの利用者は大幅に落ち込んだ。
院長はここで、デイケアの規模を縮小する。
「無理な勝負に固執するのを避けたわけですが、デメリットも大きかったんですよ……。事業を縮小することで、職員の士気が大幅に低下しました。もちろん私自身も大変落ち込みました」
それでもここ数年は、デイケアの利用者が再び増加に転じてきている。地域に根を下ろした、量より質の医療―――その地道な努力が住民に支持されている証明であろう。 |
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開業へのアドバイス―――「経営者になれますか?」――― |
勤務医から院長になる上で何より重要なことは、雇われ人から経営者になることを自覚することです。
例えばあなたが院長になった病院で、トイレが汚れていたとする。自分で掃除するのが立派な院長だと思うかもしれません。しかし組織の長として本来成すべきことは、人に適切な指示を出してやってもらうことです。
なぜかというと、掃除は掃除で担当者がいるわけです。スタッフそれぞれに責任を果たしてもらうことも、トップの大切な仕事です。
経営者になるとはどういうことか、これまでとどう違うのか……それを自覚することが、病院経営の第一歩でしょう。
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先生タイムスケジュール |
開業前
7:00 |
起床 |
9:00 |
出勤、外来・病棟 |
17:00 |
終了 |
18:00 |
帰宅 |
24:00 |
就寝 |
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開業後
8:00 |
起床 |
10:00 |
出勤、外来または事務処理 |
13:00 |
昼食・休憩 |
14:00 |
会議・来客対応 |
19:00 |
終了 |
2:00 |
就寝 |
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川崎メンタルクリニック
上野駅から徒歩3分。自然と芸術に恵まれた立地にあって、外来診療のほか、訪問診療や認知症患者へのデイケアなど、地域密着型の精神科医療を展開している。
ホームページ http://www.shinsei.or.jp/
川崎 清嗣(かわさき・きよつぐ)院長
1960年高知県生まれ。86年に高知医科大学を卒業後、東京大学医学部精神神経科で研修医として学ぶ。88年、埼玉医科大学医学部神経精神科助手に就任。同県各地の精神病院にて研鑽を重ねる。
93年、先輩医師のクリニックを継承・リニューアルし、「川崎メンタルクリニック」設立。95年、医療法人社団心清会設立。
著書に「老人解語」(現代書林)、「やっかい老人と付き合う法」(光文社カッパブックス)などがある。
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(終わり) |
2006.08.01掲載 (C)LinkStaff |