クリニックの窓教えて、開業医のホント

バックナンバーはコチラ

ユニークなシステムでまじめな診療を
新都心皮フ科クリニック 

五十嵐 院長


  JR宇都宮線・高崎線・京浜東北線さいたま新都心駅と、JR埼京線北与野駅を結ぶけやきひろば。レストランやコーヒーショップなどの並ぶ1階フロアに、新都心皮フ科クリニックはある。

ドアを開くと、院内は白とマリンブルーを基調としたインテリア。五十嵐努院長の人柄を反映したような、清々しく明るい雰囲気である。



五十嵐 努 院長プロフィール

埼玉県出身。1992年に東京慈恵会医科大学を卒業する。同大学にて臨床研修を修了後,同皮膚科医員を経て、町田市民病院皮膚科長、東京慈恵会医科大学皮膚科医員、腫瘍専門外来主任医師、同附属第三病院皮膚科診療医長、東川口病院皮膚科長などを歴任。

2006年9月新都心皮フ科クリニックを開院した。
■ 開業前後
 
 父も兄も皮膚科医で、また祖父と叔父は内科医という環境のため、当然のように医師を志した五十嵐院長は、慈恵医科大学卒業後、研修医時代を含め約14年間皮膚科学講座に籍を置き、附属病院や他の病院で臨床にあたった。

「専門科を決める時点で外科も考え、以前は外科医だった父に相談しましたが、『外科はチームプレイなので組織が必要だが、皮膚科は開業などいろいろな選択ができる』とアドバイスを受け、皮膚科を選びました。そのころからなんとなく開業が頭にあり、慈恵医大は開業志向が強いので、大学を離れて開業するのは自然な流れでした。」

とはいっても開業時期まで意識していたわけではなく、その流れは突如として始まった。


 2005年7月から1年の予定で東川口病院皮膚科長として大学病院の外へ出ていたため、予定では2006年7月からまた大学病院に戻ることになっていた。それで戻ってしまうと数年は勤務を続けることになる。それならば節目であるここで開業を決意したほうがいいのではないだろうかと思い立ったのが、2006年が明けてからだった。


「父に許しをもらおうと話したら『開業はいつでもできるし、一度開業してしまったら人生が決まってしまうので、もう少し大学でやったらどうか』と言われました。しかし近年皮膚科の開業率が高くなってきていて、もたもたしていると開業する場所がなくなってしまうのではないかという思いがありました。また研修医制度が変わって大学病院以外で研修する人が増え、そういう人たちが早期に臨床技術を磨いて開業するのではという焦りのような気持ちもありました。結局、そのような時流のタイミングと自分のタイミングが一致して、開業を決めたのです。


そして、インターネットで見つけたリンク医療総合研究所(以下、リンク総研)にメールで連絡を取ったのが2006年2月のことだった。

早速リンク総研では開業物件を探し始めた。当初、さいたま市内に探すのは無理と考え、埼玉県中部(東武東上線沿線)や都内の皮膚科が少なそうなエリアをあたったが、出てくる物件がどこも先輩の医院と同じ駅周辺であるなど難航した。

もし6月末で大学を辞めるとすると、慣例上3月末までには申し出なければならない。次第にその期限が迫ってくる。開業支援を行ったリンク総研の担当者の許には、五十嵐院長から「心配で夜も眠れません」とメールが届いた。

リミットまで1週間というとき、さいたま新都心の近くに適当な物件が見つかったが、一足違いで歯科の診療所に決まってしまった。

切羽詰ったとき、前に見ていた現地の物件を思い出した。広さ30坪を目安に探していたので約20坪しかないこの物件を候補からはずしていたのだが、レイアウトを工夫すれば可能なのではないかと最後の望みを、この物件につないだ。

「正式な契約となって先生に連絡したら、『もう間に合わないので退職の意思表明をしてしまいました』と言われて、驚きました」と担当者。本当に綱渡りでの物件決定となった。

「さいたま新都心のこのあたりは、自転車で予備校に通っていた高校3年の頃には何もないところでした。4年前に学会で来たときからも、ずいぶん変わっています。ここは新しい街で、日々動いているんです。実は、この近くに3、4年前に皮膚科と眼科の医院が開院したけれど、1年ほどで消えてしまったというマイナスの情報もありました。しかしそれ以後、マンションができて居住者が増えたり、オフィスに勤める人口も増えたりしていますから、わずか3、4年でも大きな違いがあるはずです。これからも衰退するところではありません。そういうことを感じられるのも、土地勘があったからですね。その意味でも、いい時期にいい場所で開院できたと思います。」

開業支援担当者は、ドラマチックな開業までのプロセスを振り返って、次のように語っている。

「開業する場合に一番大切なことは、先生が開業後のクリニックについて明確なビジョンをもっていることだと思います。我々コンサンルタントは、そのビジョンをいかに具現化していくかに最大限努力します。しかし、例えば物件選びにおいても、《千三つ》といわれる通り、立地、面積、賃料、構造、環境などの条件が完璧に適合する物件に出会えるのは奇跡に近いといっても過言ではありません。それゆえ固定観念にとらわれない柔軟な対応も必要になります。五十嵐先生の場合、この物件選定に際しては面積に問題がありましたが、ビジョンが明確であったため、実際に図面を引いてみて具現化できると判断できたことが、決定の要因となりました。」

そして設定した開業日は9月4日。開業に先立って行われた内覧会には、半径2~3kmエリアから83人が訪れた。駅を利用する通行人の多い立地だけに、冷やかし半分の内覧者が多いのではないかと危惧していたが、アンケートの結果を見てみると「チラシを見て来てみた」「皮膚科を探していた」という回答が多く、新しい皮膚科のクリニックに期待をもっての来訪者が多かった。

■ クリニックの内容
 
 
クリニック受付
 「製薬会社の営業マンの話によると、さいたま市の住人は保守的でかかりつけの医院をなかなか変えないということですが、ここには新規に入ってきた住人も多いので、ともかくまじめに患者さん本位にやっていけば来院者は増えていくだろうと思っています。」

そういう五十嵐院長の診療方針は、営利に走るのではなく、ひとりひとりの患者さんをしっかり診ていくこと。そのために心がけていることのひとつに、患者さんにストレスをかけずに来院してもらうということがある。


 院内の設計や内装を女性デザイナーに依頼し、デリケートな悩みの部分にかかわる皮膚疾患でも女性が気軽に入れる雰囲気を作ったり、呼び出しに名前を呼ばずに番号表示システムを利用したりという方法をとったのも、そのためだ。番号表示システムは、順番が来るまでの時間の目安になるというメリットもある。待ち時間が長くなりそうなら、向かいのコーヒーショップでお茶を飲みながら待つということもできる。


また、最近の新規開業クリニックには珍しく院内処方にしている点にも特徴がある。便利な場所に調剤薬局がなかったという事情もあったが、院内処方にしたことで本当に効果のある薬を医師自身が選び、それを確実に処方することができる安心感が得られたという。特に皮膚科では塗布薬など外用薬を処方されることが多く、それも混合されたものだと外見では内容が分からない。また用量や用法もその場で現物を見ながら説明することができる。開業前には同期の医師に「院内処方は薬の在庫を持たなければならないし、大変だからやめろ」と懇々と諭されたというが、今は院内処方にしてよかったと感じている。

また、スタッフの給与にもユニークな成果報酬方式を導入している。勤務した1時間ごとに、患者さんの数に応じた歩合が時給に上乗せされるのだ。患者さんが多く忙しければ、それに見合った報酬があるということだ。患者さんが増えて増収したら、それを自分で独り占めしてしまうのではなく、スタッフみんながいい暮らしをしていけるように、いわばリスクとリターンを共有する方式だ。

成果報酬を導入することによって、受付時間ぎりぎりに来院した患者さんをシャットアウトしてしまうことも防げるし、また来院してもらえるような応対を心がける姿勢にもつながると考えている。給与の計算も、電子カルテを導入したことによって単純な時給方式に比べても、それほど大きな手間もかかっていない。

診療については、あくまで皮膚疾患全般についての保険診療を基本としている。自費診療は、治療の中で整容的に必要な場合や、保険を超えた治療をすることで、より症状を緩和できる場合に行っている。

医療設備としては、炭酸ガスレーザーや肌水分計を当初から導入している。

このような診療を続けた結果、9月には平均1日23人だった患者数が10月には28人となり、11月は17日までで40人弱と順調に伸びている。これは半日診療の土曜日も含めた平均値なので、平日の実数はもう少し上になる。

「月を追って、子どもさんの数が増えてきていますね。そして嬉しいのは、11月に入って地主
の方々が来てくれるようになったことです。その方たちはそれまで皮膚科も標榜している内科医院などにかかっていたのが、近くに皮膚科専門医院ができたということで、前に出してもらった薬を持って来ています。保守的で、なかなか病院を変えないといわれていた人たちが動いたということですね。」

■ 患者が満足できる治療を実現するための環境整備を
 
 今後も丁寧に患者さんを診ていくスタンスは変わらないが、様子を見て徐々にレーザーなど新しい設備も入れていく予定である。それは、保険診療の中の治療ではなかなか改善が見られず、あちこちの皮膚科を回っている患者さんたちに、よりよい治療をして症状を改善していきたいからだ。

「保険診療内での治療だと、どこも同じようなものになってしまいます。しかし患者さんはもう一歩よくなりたいということで新しい治療を探しているのですから、それに応えることで精神的にもたいへん救われるはずです。この近辺の皮膚科にはない機械を入れ、別の治療をしていくことで患者さんが満足でき、またこのクリニックの特徴が出て患者さんも増える結果につながると考えています。当初からもう少し医療器械を入れようかと思ったのですが、患者さんの傾向などを見ながらそれに応じて選んでいくつもりです。」

 また、携帯電話やパソコンからの予約システムも作り、待ち時間の短縮を図っていく構想もある。クリニックのウェブサイトは、五十嵐院長が手ずから作っているものなので、そうした試みもコストをかけることなく、どんどん導入していくことができる。
 
診療室

勤務医から開業医になってよかったことは「成功も失敗もすべて自分に返ってくる」ということだという。これまでは器具や薬にいたるまですべて決まった枠の中でやらなければならなかったが、自分が使いやすいもの、患者さんが心地よいものを自由に選べるようになった。たとえば足部を診るときに使う台にはこれまでは踏み台を使っていたが、開院するに当たっては、リクライニングチェアの前に置いて足を乗せる、やわらかい円筒形のクッションのついたものを入れた。これは医療用のものではないが、足の裏を見るときにもたいへん使いやすい。

「このクリニックは固定観念にとらわれずに作っていきたいと思います。たとえばBGMにJ-POPを流すなど、医院らしくないようなこともやっています。そのほうが患者さんは医院だからと構えずにリラックスして、いい状態で診療できるからです。」

治療を怖がる子どものために、デスクの引き出しにはシールのほか、マジック用のトランプや小物も忍ばせてある。だれもが安心して治療を受けられ、症状が改善することで幸福感を得られることが患者側にも医療側にも大きな満足感となるのだ。

このような基本スタンスを常に意識しておくことが、軸のぶれない開業や運営につながっている。
■ 今後開院を考える人へ
 
番号表示システムのある待合コーナー
 「これから開業は厳しくなっていくと思います。その中で開業という道を選ぶなら、ひとりでも多くの患者さんを診て、臨床経験を積むことがいちばんたいせつです。臨床経験というのは医療技術だけではありません。会話術や接し方など、コミュニケーションも大事です。一度開業してしまうと、後からではできないことですから、患者さんから逃げずにたくさん診ることです。」

開業準備から診療開始まで、まだ記憶に新しい五十嵐院長からは、もっと具体的なアドバイスもある。

まず、医療器械ばかりでなく、電気製品や通信機器など、物品類は早く入れておいたほうがいい。家電製品ひとつでも新しくなると使い方をマスターするまで時間がかかるが、開業のときには一気に大量の物が入ってくる。それを開梱、設置して使いこなせるようになる作業はゆとりをもって進めるべきだ。他にも開院にあたっては電子カルテや新医療器械の操作など専門的な準備も数多くある。精神的な余裕をもつためにも機器類は早く入手して使いこなせるようになっておくとよい。

物件の契約が済めば家賃が発生してしまうので、どうしても早期に開院したくなるものだが、診療が始まったときにはスタッフも含め、システムや機器類に気をとられずに動ける状態にしておくことを勧める。

また、開業時期は旧盆や正月、ゴールデンウィークなどの長期休み明けは避けたほうがいい。このクリニックでは開院が9月4日だったため、肝心の約半月前にメーカーも工事業者もすっかりストップしてしまい、一時は予定通りの開院が無理なのではと危惧したという。

開業支援担当者は振り返る。
「適当な物件は数が少なく、競争も激しいですから、これから開業しようというならぜひ自己資金を多めに準備しておくことを勧めます。物件が見つかってから融資を申し込んでいては、契約が間に合いません。また、今回の場合はさまざまな偶然で結果的にこのようにいい場所が見つかりましたが、偶然が作用するにしても、足で歩かなければいい物件には出会えないということを実感しました。」

約半年の開業準備期間は短いように見えるが、その間にはピンチも訪れている。それを乗り越えるのは、思い描くコンセプトを明確にし、そのためにどこは妥協できてどこは譲れないのかという判断を的確に下していくことにかかっているといえる。
タイムスケジュール
クリニック平面図

 

新都心皮フ科クリニック
院長 五十嵐 努(いがらし つとむ)
住所 〒330-0081
埼玉県さいたま市中央区新都心10番地 けやきひろば1階
医療設備 炭酸ガスレーザー、電子カルテ、院内処方
延べ床面積 20坪
物件形態 商業施設テナント
スタッフ数 看護師1人、受付事務3人
開業資金 4,000万円(運転資金含む)
HP http://hifuka.cc


拡大




(終わり)
2006.12.01掲載 (C)LinkStaff

【クリニックの窓バックナンバーリストへ】

リンク医療総合研究所 非常勤で働きながら開業準備