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エビデンスとともに双方向のコミュニケーションを

医療法人やまぐちクリニック

山口高秀院長
 神戸市垂水区の医療法人やまぐちクリニック(以下やまぐちクリニック)はJR垂水駅から徒歩10分ほどの有料老人ホームの1階に入居するクリニックである。山口高秀院長は大阪大学で救急を専攻していたが、2006年に32歳の若さで在宅医療のクリニックを開業した。山口院長は急性期病院での経験から「慢性期医療こそクリニカルパスが必要である」との信念を持ち、エビデンスに基づいた医療を志している。一方、やまぐちクリニックでは全ての患者さんに「治療グループ」を設定し、そのグループ構成員が自由に閲覧し、書きこむことのできる「グループブログ」を利用することで双方向のコミュニケーションを可能にするなど、ITを駆使した在宅医療を行っている。

 山口高秀院長 プロフィール

 1974年に大阪市で生まれる。1999年に大阪大学医学部を卒業後、大阪大学医学部特殊救急部に入局し、附属病院特殊救急部、第一外科で研修を行う。2000年に西宮市立中央病院外科を経て、2002年に大阪府立急性期・総合医療センター救急診療科に勤務する。2006年に医療法人やまぐちクリニックを開業する。

■ 開業前後

 山口院長は大阪市阿倍野区の下町的な風景が広がるところで育った。近所にお祖母様の代からのかかりつけの診療所があり、その開業医の姿を見て、山口院長は医師を目指したという。
 「長細い建物で昔ながらの有床診療所でした。大(おお)先生と呼ばれていた院長は昔の東京帝国大学を卒業された外科医で当時も盲腸の手術などをしておられました。風邪以外でも何であってもその診療所に行っていたのですが、いつも『大丈夫、大丈夫』と言われて、煙に巻かれたような感じになります。でも、それが安心感になっていったんですよ。」
 
 大阪大学卒業後、「患者さんに最初に接する最前線の仕事に就きたい」と考えた山口院長は救急医療を専攻する。
 「ちょうど総合診療科ができた頃で内科医として総合診療に携わるのもいいなと思いましたが、『阪大の救急』と言えば歴史ある医局ですし、若い間は高いテンションで仕事をしたかったので、特殊救急部に入局しました。」

 大阪大学附属病院、西宮市立中央病院などで研修し、大阪府立急性期・総合医療センター救急診療科に勤務する。当時は月に10回から15回の当直をこなし、三次救急の最前線にいた。そこで山口院長は頭部外傷で高次機能障害となったような重症や高齢の患者さんが退院後に受け皿がなく、退院後の生活に困難を来している現状を知る。また地方の療養型病院に転院が決まったとしても、数ヶ月後に死亡報告が届くと「命は取り止めたけど、本当に助けたことにはならないのではないか」という思いが募るようになった。
 「医局人事で偉くなっていくと45歳ぐらいで臨床の最前線からは離れざるをえなくなります。また私は研究よりも患者さんと密に接することが好きだったので、15年から20年後には開業したいと思っていました。地域に戻って地域の皆さんのかかりつけ医になりたかったんです。」

 ところが40歳過ぎぐらいでの開業を考えていた山口院長に開業時期を早める転機となった出来事があった。勤務していた大阪府立急性期・総合医療センターにお祖母様が救急車で運ばれてきたのだ。
 「窒息でしたので心肺蘇生を行ったのですが、低酸素脳症となったまま退院することになりました。しかし、その後に診てもらえる受け皿がなかったんです。このことが開業への最後の一押しでしたね。2006年春に在宅医療に手厚い診療報酬改定がなされたことも大きかったです。人生のタイミングとしてはまだ早かったのかもしれませんが、社会的なタイミングとしては良い時期だったと思っています。」

 卒後8年目での開業は昨今では非常に早いと言えるが、医局の教授からは「開業するならば、行政が受け皿の重要性に気付き、受け皿を作るシステムを構築するぐらいの存在感を示せる開業を」という温かいエールを贈ってもらったという。
 「医局も人材不足ですし、心苦しい面もありましたが、受け皿を作れればご恩返しができると考えました。」

 開業となれば開業地の選定であるが、山口院長は「e-doctor」で在宅医療のクリニックの開業を促す広告を見つける。そして、その広告を出したクリニックからの話で現在地への開業が決まった。半年ほど前に開設されたばかりのフォレスト垂水という有料老人ホームで、ちょうど1階にクリニックの入居募集をかけていた。
 「フォレスト垂水は110人が入居でき、そちらへの訪問診療もありますので、集患には困らないだろうという見込みがありました。このあたりはベッドタウンで人口も多いのですが、適度に古い町並みもあれば、新興住宅街もあり、持ち家居住者が多いんです。ですから在宅ニーズも高いですし、そういった方々が入居する有料老人ホームも続々と開設されています。実際に開業してみて、ニーズの高さに改めて驚いています。」

 開業にあたり、山口院長は訪問診療を中心とするクリニックを組み立てる際に必要な体制の構築に腐心した。たとえば物品に関しても、内科をはじめ診療科目が決まった形の開業であれば必要なものはパッケージされているが、訪問診療中心の場合はその選定から行わなくてはいけない。そこでの拘りの一つがBML社のメディカルステーションというモバイル型電子カルテであろう。
 「私一人で診療が終わるわけではありません。ケアマネージャー、介護職員、訪問看護ステーションとの情報のやりとりが不可欠です。そして私が医療を行う上で判断し、実行に移すための事務の体制の構築にも苦労しました。」

 訪問診療はケアマネージャーなどを全て自分のクリニックで雇用し、門前薬局に薬の配達を一括して行わせるようなケースと地域に任せるケースに分かれるが、山口院長は後者を選択し、連携を重視する方針を立てた。
 「自分たちが全てを抱え込んでしまうより、地域で開業されているところにお任せし、十分な連携を取っていく方が良いと思ったのです。」


 なお外来に関しては当初は全く計画になかったが、患者さんからのニーズもあり、週に2回、夕方1時間のみであるが行っている。

■ クリニックの内容・運営

 山口院長は救急を専門としていたため、内科、外科に特化したトレーニングを積んだわけではなく、それが訪問診療にはプラスになっている面が少なくない。また高度医療機器に抵抗がない点も強みであろう。
 「救急にいて良かったところは患者さんの状態変化への理解の仕方でしょうか。疾患に基づく変化ではなく、全身を診ることで状態が上向きなのか、下向きなのかなどを理解できますね。そして多科に渡る他科へのコンサルトも救急にいると得意になります。三次救急にはADLの悪い患者さんを送らないなど救急搬送時の受け入れ先の選定も、かつては受け入れる側にいたのですから向こうの気持ちも分かります(笑)。」

 一方、やまぐち内科の運営理念の一つに「専門性に甘えることなく、総合的な医学的管理を行い、また総合性に甘えることなく、ガイドラインに沿ったクリニカルパスを駆使し、医学的管理の質の向上を常に目指す」とあるように、クリニカルパスの存在は大きい。 「急性期病院にいたときに慢性期医療こそクリニカルパスが大切だと思うようになりました。最新の知見に基づいた医療が行われているか常にチェックする必要があります。高血圧、皮膚疾患など複数の専門医に受診が必要な患者さんも多く、それぞれの疾患に合わせたクリニカルパスを作成し、それを組み合わせたオーダーメードの医療を目指しています。」

1. 在宅医療
 通院不可能な患者さんが対象である。治療上、24時間の監視装置(モニター)の装着が必要な患者さん以外で、本人のみならずご家族が希望する場合は在宅が可能である。診療内容としては、胃瘻、各種ドレーン、各種カテーテル、気管切開、在宅酸素、在宅人工呼吸器、在宅自己注射、褥創、人工肛門・人工膀胱、中心静脈栄養など幅広い。対象の状態も寝たきり、悪性腫瘍末期などのターミナルケア、神経難病、認知症などとなっている。クリニックから車で30分以内の地域であれば、対応可能としているため、垂水区全域はもとより、須磨区や西区の一部、明石市の一部も範囲に含まれている。
 「患者さん本人の気持ちを最大限大切にして、倫理的な面を尊重しながら使える医療資源をとことん使って、様々なご提案をしています。有料老人ホーム、グループホームは企業体による経営ですからリスク回避の傾向があり、そういったところの入居者に比べると、在宅の患者さんの方が重症度が高く、医療を受けることにも積極的な印象があります。より納得して頂ける医療方法を深く考えなくてはいけないと思っています。」

2. 有料老人ホームへの訪問診療
 施設の人員配置を最大限に利用したコーディネートが必要となる。有料老人ホームの看護師は月曜から金曜の日勤であり、夜間や週末にはいない。またヘルパーでは胃瘻の注入が不可能なこともあるので、胃瘻を短時間で注入する方法なども工夫している。
 「施設によっては気管切開や褥創などの処置ができないところもあり、施設のニーズに合わせた治療が前提ですね。」


3. グループホームへの訪問診療
 グループホームには看護師がいないので、ヘルパーのみでできることを提案する。またヘルパーの教育も重要であり、患者さんへコミュニケーションをとる上でのアドバイスを常に行っている。
  「ヘルパーさんが意識をより向上させることで、患者さんの希望を叶えることにつながればと思っています。」

■ 経営方針

1. 病診連携
 やまぐちクリニックでは連携先の病院を特に指定しておらず、患者さんが以前かかっていた病院、馴染みのある病院を後方支援病院として連携にあたっている。現在は退院時共同指導が加算項目になっているため、近くの病院であれば患者さんの入院中に出向き、受け入れなどの相談を行う。
 「診療に途切れを作らないよう、紹介状を必ず頂くようにしています。在宅でも専門医を受診する必要がある患者さんは前回の受診から次回の受診までの状態などを記したサマリーをお持ち頂くなどのシステムも整備しました。」


2. 地域連携ブログ
 電子カルテはクリニック内のスタッフしか閲覧することができないため、必要時に必要な人が閲覧できず、訪問診療ではその有効性に限界がある。そこで、やまぐちクリニックでは地域連携ブログを用いた意思疎通を図っている。患者さん1人ずつに治療グループを設定し、そのグループの構成員はブログにログインし、書きこむことができるというものだ。構成員は山口院長、クリニックのスタッフ、訪問看護ステーションのスタッフ、訪問薬剤師、ケアマネージャー、介護職員、そして患者さんのご家族であり、有益な話し合いや情報交換の場となっている。
 「ターミナルの患者さんで、息子さんがカリフォルニアにお住まいの方がいらっしゃるのですが、そういった遠方のご家族とのコミュニケーションにブログを重宝して頂いています。ただIT環境やITに関する知識には差があり、十分に浸透しているとはいえませんので、今後は一層発展させていけるような対策を講じたいです。」



3. 増患対策
 やまぐちクリニックでは現在170人の患者さんを抱えるが、山口院長は増患の理由を「地域で行うシステム」にあったとみている。ホームページ、地域連携ブログでのコミュニケーションに加えて、病院に出入りするケアマネージャーや訪問看護ステーションのスタッフとコミュニケーションを欠かさない姿勢が大きいのだろう。
 「困っている患者さんがいらしたら、まずは私どもにご相談くださるといった空気が少しずつできてきました。また有料老人ホームさんもチェーン展開しているようなところですと『うちもお願いします』と依頼されるなど、地域に浸透すればするほど患者さんは増えるものですね。」

4. 今後の展開
 地域に存在する医療資源を使いきっていくことで地域のニーズを満たしていくと思っています。それをどう使えるのかを考えていくことと、資源を増やすという意味で複数の医師でチームを組んで365日24時間の在宅医療にあたっていきたいです。
 またカルテは診療報酬の根拠であり、堅い公式文書ですが、患者さんやご家族からの普段の問い合わせへの返答などは緩やかなコミュニケーションです。その二つをどう両立させ、情報をどう共有し、情報の流れをどう整理していくのかも考えていきたい点ですね。

■ 開業に向けてのアドバイス

 365日24時間の在宅医療というものは昔の町にいたかかりつけ医の機能であるはずです。その機能こそを往診している患者さんに使っていくべきだと考えます。そして365日24時間にとどまらず、昔のように地域に根付いて、どんな相談でも受けられるような存在にならないといけないでしょう。現在は中核となる病院があり、その下にクリニックがあり、そして患者さんがいるという形になっていますが、これからはかかりつけ医が多く存在する中に病院もあるという形になっていくことが理想です。そういうかかりつけ医を目指すのがこれからの開業のスタイルとしてふさわしいと思います。

■ 院長のプライベート

 趣味は小学校から始めた剣道ですが、ここのところ、なかなか時間がとれませんね。アコースティックギターも好きで、もう10年ぐらい弾いています。また、最近スキーを始めたところです。

先生タイムスケジュール
勤務医時代
現在
7:00~ 起床 7:00~ 起床
8:00~ 出勤 8:00~ 出勤、ブログ、メールチェック
9:00~ 外来 9:30~ 往診
12:00~ 昼食 12:00~ 昼食
13:00~ 検査 13:00~ 往診
17:00~ 病棟 18:00~ メールチェック、書類整理
19:00~ 帰宅 21:00~ 帰宅
20:00~ 月に10回~15回当直 25:00~ 就寝


クリニック平面図

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医療法人やまぐちクリニック
院長 山口 高秀氏
住所 〒655-0033神戸市垂水区旭が丘1丁目9番60号
医療設備 モバイル型電子カルテ、モバイル型エコー、モバイル型心電図、モバイル型モニター、往診車2台、X線撮影装置(院内)
延べ床面積 159.2㎡
物件形態 テナント診
スタッフ数 院長、看護師1名、事務職員4名
開業資金 2000万円
HPhttp://yamaguchi.zaitaku-clinic.net/index.html


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(終わり)
2008.01.01.掲載 (C)LinkStaff

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