ドクタープロフィール
ドクター神津
神津院長は昭和52年に日本大学医学部を卒業後、同大学第一内科に入局され、その後、神経学教室が新設されると同時に同教室へ移られました。医局長、病棟医長、教育医長を長年勤められ、昭和63年、アメリカのハーネマン大学およびルイジアナ州立大学へ留学。帰国後、特定医療法人佐々木病院(内科部長)を経て、平成5年に神津内科クリニックを開業された。神津院長の活動は多岐にわたり、その動向は常に注目されている。
2001年12月号 -アメリカ流・・・- backnumberへ
 ニューオルリンズの初夏は、新鮮な採れたてのザリガニ(claw fish)をドラム缶の中に入れ、スパイスがたくさん入った袋をいくつも入れて煮立たせた香ばしい匂いで始まる。

甲羅が真っ赤になって、スパイスがザリガニの身に染み込んだ頃、スープを切って新聞紙の上にドサッと山盛りにのせる。広い裏庭や、公園のあちこちでこんな光景が見られる。子供たちは芝生で遊びまわり、大人はビールを片手に世間話に花を咲かせる。セインツ(アメリカンフットボールのチームがニューオルリンズにはある)のクオーターバックの話や、最近の不況の話、子供や孫の野球チームの話で盛り上がりながら、せっせと手はザリガニの甲羅を剥き、身をポイと口に放り込む。慣れてくると、あっという間に数十匹を平らげてしまうのがニューオルリンズ流だ。私が留学して帰って来たくなかったのは、仕事が途中だったこともあるが、温暖な気候とこうした食生活の豊かさも理由の一つだった。

しかし、これだけはご免被りたいと思っていたのはアメリカの「医療訴訟」だ。私の研究室の隣が脳外科の教授の部屋だったが、5月のある時にそこを訪ねてきた紳士がぶらりと私の所に立ち寄った。待ち合わせの時間に教授が現れないので、手持ち無沙汰にラットを使った我々の実験を見に来たのだ。しばらく簡単な会話を交わしていると、彼が弁護士だということが分った。 「外科は訴訟が多いのですか?」と私。

「そうだね。特に脳外科は実入りが大きいから、訴えるほうも多くなる」。
「そんなにたくさん訴訟を抱えるのは大変じゃないですか?」
「そりゃ大変さ。彼みたいに優秀だと患者も多いが裁判も多い」。
「あなたも大変ですね」。
「いやいや、私以外にもあと二人弁護士がついているのさ」。
「へえ、三人の弁護士が付いているのですか」。
「そうさ。だから、収入のかなりの部分が訴訟費用になっているのじゃないかな」。
「アメリカの外科医って大変ですね」。
「それがアメリカ流さ」。

以前、世田谷区若手医師の会のオープンクリニックで、経堂で開業している若い形成外科医に話を聞いたことがあるが、日本の有名な美容整形のクリニックは、自費診療でかなり高額な料金を取るらしい。コマーシャルをテレビ、ラジオに流すのに費用がかかるだろうことは予想がつく。しかしそれ以外にも「訴訟になるケースが多いからなんです」と説明してくれた。それだけのリスクを背負ってやるのは、正直大変なことと思う。患者が希望したものと違った、という事で料金を返せと言われるのは心外だろうが、それを見越してビジネスライクに法定費用を値段に上乗せするというのは大胆な価格設定だ。ある意味では、日本の弁護士がアメリカ並に医療訴訟に手を出し始めれば、医療費の内訳の中にこうした部分も入ってくるのかもしれない。

私が世田谷に開業して8年、もちろん医療訴訟とは無縁な日常診療を行っている。地域の中で信頼される医療をしていると自負しているが、世の中というのは変わっていくものだ。普通の市民にも迷惑電話が乱暴に掛かってくる今日この頃、貧乏でも心の通っていた昔を懐かしむ気持ちも湧いてくる。何でもアメリカを真似る日本だが、医療訴訟やマネイジドケアで医師と患者の信頼関係が壊れていくような、そんな「アメリカ流」だけにはならないでほしいと思う。

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