先日、世田谷区三軒茶屋のキャロットタワーで「現代人の心の健康」という講演会を開いたので、その話をしましょう。キーワードはコミュニティーです。
私の住んでいる地域は、若林と太子堂、三軒茶屋というエリアです。昔は林と畑の田舎町だったのですが、今では「サンチャ」と呼ばれて、若者がたくさん集まる町になりました。その町内会の皆さんのリクエストだということで、町の世話役とお役所の方がクリニックに見えて、直接ご依頼を受けました。地域の健康に関する講演会というと、ふつうは医師会にまず話が持ちかけられて、理事会でやってくれそうな先生を人選するのですが、今回は異例でした。当日司会の方が、「神津先生は大変評判の良いお医者さんだから、是非話を聞きたい」と住民が望んだ、とご紹介してくださったのには驚きましたが、大変ありがたく感謝申し上げました。私が開業して8年、いかに自分が良い医療を行っていると自負していても、結果が伴わなくては裸の王様です。しかし、そんな心配なかったわけです。見るべき人がきちんと見ていて、コミュニティーの中で正当な評価をして下さっていると感激いたしました。
さて、私の専門が神経内科であるのに、なぜ「心の健康」という題で話が出来るのか、と疑問に思うでしょうが、それはこういうわけです。私は卒業後、第一内科という呼吸器と血液を専門とする内科学教室に入りました。その後数年たって神経学教室が出来たときに、元々やりたかった神経系の研究をするためにそちらに移ったのです。神経内科医長になってからは、大学で外来を受け持つようになりましたが、我々の外来の隣に心療内科外来があって、そこに第一内科の桂戴作先生がいらっしゃいました。桂先生は日本の心療内科の草分け的な存在で、呼吸器科医として「気管支喘息」の心身症的側面を研究していて、その頃すでに高名な医師になっていました。私が第一内科出身だということで、いろいろと教えていただき、こちらは神経学的な診療をお引き受けするということで、よくお隣同士でコンサルテーションをし合いました。そんな経緯で、私は神経内科医でありながら、心身症やうつ病の治療を得意とする「心も診られる医者」になったというわけです。
今回は、そんな私のキャリアが役に立ちました。講演会は大盛況で、イスが足りなくなったと聞きましたから、地域の方にとって私のお話は大いに受け入れられたようです。その時に、「現代人の特殊性」について考えてみました。
言葉でいうと、(1)グローバリゼーション、(2)スピードアップ、(3)疑似体験、(4)高度高齢化 社会、(5)コクーン現象、(6)テクノロジー、の六つです。
今や、日本人だけが日本にいる社会ではありませんし、特定の地域の出身者だけがその地域にいるわけではありません。結果として、人々は地域の文化的な伝統と繋がりから離れていってしまい、自分の存在する居場所を喪失していきます。地点間を移動する早さが増して、時間は短縮し空間は狭隘化していきます。テレビやビデオやコンピューターグラフィックによって、実際の体験をせずに擬似的な空想の世界で終わってしまうと、そこには現実感の喪失があります。老人は貴重な存在であったはずなのに、今の社会では高齢であることが普通になってしまって、従来あった儒教的な老人の価値は失われ、老人は皆、うつ状態を呈しています。その逆に、青少年はいつまでも成熟せず、あるいは成長・成熟したがらない子供たちが増えてしまっています。また、機械やコンピューターとの関係の中で、摩擦を生じて心が薄くなっていきます。こうして、不安と恐怖と不安定で満ち足りない心を、現代人は持つようになってしまったのではないでしょうか。
この状態を回復するのは大変です。しかし、今求められているのは、地域のコミュニティー社会がこうした不安定な心を受け止めて、心の健康を回復させる中心的な役割を担うことではないか、と私は今回考えました。いわば、日本の地域社会が持っていた、精神安定作用を効果的に用いる事です。勿論、地域医療を担う我々医師もその中の一つの歯車でしょう。EBMはevidence
based medicineですが、我々がここで必要なのは、CBMつまりcommunity based medicineなのです。さて皆さんも、地域社会の中で自分に何が出来るか、この機会に考えてみてはどうでしょうか? |