ドクタープロフィール
ドクター神津
神津院長は昭和52年に日本大学医学部を卒業後、同大学第一内科に入局され、その後、神経学教室が新設されると同時に同教室へ移られました。医局長、病棟医長、教育医長を長年勤められ、昭和63年、アメリカのハーネマン大学およびルイジアナ州立大学へ留学。帰国後、特定医療法人佐々木病院(内科部長)を経て、平成5年に神津内科クリニックを開業された。神津院長の活動は多岐にわたり、その動向は常に注目されている。
2005年10月号  -リスクマネイジメント-
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 最近では、リスクマネイジメントという考え方が日本の社会に浸透してきた。医療分野においても同様だ。リスクマネイジメントとは、本来の意味から言えば、金融資本の運用、製造業の品質管理、輸送業の安全管理などのノウハウから発達した概念で、日本では医療事故との関連からリスクマネイジメントの取り組みがなされるようになったが、本来の使い方からするとややずれた感がある。
  1960年代までは、アメリカといえどもパターナリズムによって医療が行われていたことは良く知られているところだ。今のような「患者が医療の中での主役である」という考えはなく、医師が医療の中の絶対権力者だった。その後、1970年代以降の消費者運動や「患者の権利」運動の高まりの中で、患者側は医療者側に「自分が払った金額に相当する適切な医療と、その結果としての成果」を求め始めた。不適切な医療、予測と違った結果に対して、訴訟を起こすようになり、医療訴訟専門の腕利き弁護士が活躍して、医療者側の敗訴、賠償金額の高騰が起こる。その結果、賠償責任保険を扱っていた保険会社の支払い額が急騰し、保険料を高額に設定するようになったのだ。中には保険そのものの販売を停止する会社すら現れた。いわゆる「医療訴訟危機時代」だ。
  こうして、アメリカの医療機関や医師たちは、自らの病院やクリニックをこうした訴訟とその賠償によって倒産する危機から守らねばならなくなった。財源を確保し、維持・管理するために、貴重な自らの資産をいかに守るかが大きな課題となった。そこで導入されたのが「リスクマネイジメント」の考え方である。その詳細は他の専門の書物に譲るが、「医療の質を確保することによって、支払いの原因となる紛争や訴訟を起こさせないこと、原因となる事故を起こさないこと」という「防止策」を積極的に取り入れたのである。
  英語で書くと、危機管理はCrisis Management、危険管理がRisk Managementであり、両者の対象は異なっている。危機管理とは、「実際に発生した緊急事態に対処し、組織の継続の確保と、組織の資産や活動に与える損失をできるだけ小さくすることをめざす一連のプロセス」のこと。関東大震災やテロ対策など、非日常的でなおかつ大規模な事故が発生した場合に事後対策として対応するものといえる。少し前に世田谷区で起こったセラチア菌による院内感染なども、病院側の事後処理の遅れと行政側の調査・指導の不徹底という、まさに危機管理体制を問われたものだった。こうした危機が起こらないように、日頃から感染性汚染物質の管理や清潔操作の徹底などを行っておくことが、予防策としての危険管理(リスクマネイジメント)である。「組織がその使命や理念を達成するために、その資産や活動に及ぼすリスクの影響から、組織の資産をもっとも費用効率よく守るための一連のプロセス」が危険管理(リスクマネイジメント)と理解される。医療の質を確保するためのあらゆる努力を行わなければ、結局医療機関そのものの存在をも危うくしてしまう。我々には、リスクを回避し、クライシスを乗り越える「知恵」が必要なのだ。
  アメリカ流のリスクマネイジメントは、経済的なインセンティブが強いもので、実質的な資産はプライベートなmoneyであるために、結果としてのアウトカムは経営効率ということになる。日本でも、病院経営者はかなり似たような感覚でこのリスクマネイジメントを扱っている。特に、若い世代の院長がアメリカ的な感覚を日本の社会に持ち込んでいる場合にこうしたことが多いようだ。
  私はこの10年間、日本の在宅医療を推進する医師や看護師、コ・メディカルの活動をつぶさに見てきたが、地方都市で複合型施設を作って住民の中に溶け込みながら医療を行っている医師たちが、アメリカ型のリスクマネイジメント、つまり「アウトカムを経営効率」と考えている様子を見たことがない。むしろ、在宅医療を受ける患者・家族が、どれだけ長く安定した状態で家庭でのケアを続けることが出来るか、そして、最終的には自宅で「看取る」ことを目標として、それを阻害する因子をいかにして予見し取り除くか、ということがアウトカムだと考えているふしがあるのだ。
  大学紛争で社会主義的な思想に共鳴し、貧者に肩入れした学生運動家たちに、在宅ケア・在宅医療を志す医師が多いことも無関係ではないだろう。医療におけるリスクマネイジメントが「経営効率」ではなく、「患者や家族の満足と幸せである」ということを目的とすれば、医療過誤も医療訴訟もない日本の医療が出来るのではないかと、そんなことを考える今日この頃である。

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