ドクタープロフィール
ドクター神津
神津院長は昭和52年に日本大学医学部を卒業後、同大学第一内科に入局され、その後、神経学教室が新設されると同時に同教室へ移られました。医局長、病棟医長、教育医長を長年勤められ、昭和63年、アメリカのハーネマン大学およびルイジアナ州立大学へ留学。帰国後、特定医療法人佐々木病院(内科部長)を経て、平成5年に神津内科クリニックを開業された。神津院長の活動は多岐にわたり、その動向は常に注目されている。
2007年9月号 「シメイビール」
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 「シメイビール」

 いつか酒談義を書いてみたいと思っていたが、最近ちょっとうれしい経験をしたので書いてみたい。

神津内科クリニックを開業する前に鶴見の佐々木病院で内科部長をしていたことはご存知の通りだ。通勤はクルマでしていたのだが、東京と鶴見を往復するうちに、国道一号線に「ビアファーム」という面白い店を発見した。ここはビールの専門店で、常時100種類のビールが置いてある。当時、神奈川県葉山に新しいレストランが出来て、ここでカリフォルニアの地ビール「ケーブルカー」を出していたので、外国のビールに多少の興味があった。しかし、100種類のビールが並ぶ店内は壮観で、ラックに入ったどれもが物珍しく、どれもが新鮮だった。

新鮮といえば、マイアミで飲んだコロナビールの体験もそうだった。旅の途中に入ったモーテルで「美味しいビールがないか?」と尋ねたら、「コロナビールがいいだろう」といわれた。しばらく待っていると、ウェイターがビール瓶の口にライムのスライスを刺したまま持って来た。「どうやって飲むのか?」と尋ねると、そのまま口を付けてゴクゴクと飲むのだといわれた。その時に喉を鳴らして飲んだ、新鮮な驚きを今でも覚えている。ビールもアルコール飲料としての文化があるのだと、その時にそう感じた。

さてこのビール専門店に「シメイビール」が置いてあったのだ。小さな紙に「このビールは香りが高いので、飲む時にはワイングラスのような丸くて口が閉じたグラスで飲むこと」と説明書きが書いてあって、大変興味をそそられた。ラベルの色がいくつかあって、小さいのに値段が高かった。ラベルに僧侶の絵が描かれた、陶器製のがっちりとした容器に入ったものもあって、私は売られていた全種類を、何回かに分けていそいそと通勤帰りに買って帰った。夕食に家族で飲んだ時に、父親が「こんなビール飲んだことがないね」といたく感心していた。アルコール度が約8%と高いので、日本のビールのつもりで一気に飲んだら、父親も私も結構酔ってしまったのを覚えている。ベルギーの人たちは、日本人のようにビールを水代わりに飲むのではなく、会話を楽しみ、チーズを摘みながらワインのようにゆっくりと飲むのだろうと想像した。しかし、その時に飲んだシメイビールはかなり味が濃く、苦味も何杯か飲むと舌に残った。日本のビールのような、フレッシュな喉越し感覚がないことから、ついついこのビールから遠ざかってしまっていた。


シメイビール。左から、レッド、ホワイト、ブルー。

  それが、先日夏に入る前に、最初にお話した神奈川県葉山のレストラン「マーロウ」からメールが入っていて、「シメイビールの生樽を輸入しました。このシメイビールの生を飲めるところは日本では数少ないと思います。是非飲みにご来店下さい」と書いてあった。この機会に飲まなければ、いつこんなチャンスが来るか分からない。8月11日からお盆休みをとったので、さっそく夕食を食べに行った。

「マーロウ」というレストランの名前は、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド探偵小説に出てくる主人公、フィリップ・マーロウ(Philip Marlowe)の名前から取ったのだという。この店のロゴマークにもその挿絵の顔が使われている。我々湘南族には、相模湾の夕日を見ながら食事の出来る、粋でお洒落な店の代名詞にもになっている。渡り蟹のスパゲティーがお奨めなのだが、この季節は地元の佐島漁港で水揚げされた生しらす、鮑や伊勢海老が美味しい。それと一緒に、シメイビールの生が飲めるのだから、何をおいても行くしかないのだ。

Dinner timeは5時半からだ。少し前に行って並んでいると、すぐに席に招かれた。我々はDinnerの二組めのようで、海が見える良い席に案内された。まだ陽が高く、窓からは夏の日差しが眩しい。メールが入っていたのでシメイの生を飲みに来た、と伝えると、スタッフは大変喜んでくれた。早速、その生シメイを頼む。店内はジャズボーカルが流れ、22年の歴史を感じさせるアンティークな椅子やテーブルがリゾートのけだるい雰囲気を醸し出している。コツコツと木の床を歩くスタッフの足音が後ろから聞こえて「お待たせしました。シメイビールの生です」とテーブルにグラスが置かれた。

  どっしりとしたグラスにCHIMAYの文字が映えている。クリーミーな泡が1cmほどきれいにグラスを覆っている。冷えたグラスを手に感じながら、グラスを口に運ぶと、ビロードのような泡を分けて、琥珀色の液体が流れ込んだきた。ん? 苦くない。あの、熟成したシメイビールの重たい質量が感じられない。そのかわり、フレッシュで軽やかなドラフトビール独特の喉越しが心地良い。そうか、これがシメイの生樽なのか。生しらすを箸ですくいながら、一気に一杯目を飲み終えた。もちろん、すぐに二杯目をorderしたのはご想像の通りだ。


シメイドラフト

ちょっとここで、シメイビールについて書いておこう。シメイビールはベルギーの修道院で作られる有名な地ビールだ。首都のブラッセルから南へ100km、フランスとの国境に近い小さな町シメイの郊外の小高い丘の上にそのスクールモン修道院があるという。その僧侶達が、無農薬、無添加で、殺菌はおろか濾過も一切せず、自然な原料と修道院内の井戸水との組み合わせで、独自の高度で個性的な発酵技術を用い、瓶詰め直前に新鮮な酵母をさらに加え、瓶内で第2の発酵をさせて豊かなボディを醸し上げたものだという。

シメイ・レッドは、熟成による円熟した味わいと豊かなコク。ほのかな黒すぐりの風味がするといわれている。シメイ・ホワイトは、レッドやブルーの3倍から4倍のホップを使い、苦みばしったシャープな味わいを特徴としている。シメイ・ブルーは、3種類のうち最もアルコール度数が高く熟成期間が長い、フルーティでいながら極めて濃厚で、ハーブのような芳香とキメ細かい泡立ちが楽しめる最高級のビール。

ベルギーでは数年セラーで寝かせたブルーを常温で飲むが、喉の渇きには冷やした生ビールも飲んでいるとのことだから、今回の生を飲んだ経験は、ベルギーで飲んだこととほぼ等しいと思う。貴重な体験だったと思う。また飲みに行きたいが、いつまで樽が残っているのか心配だ。しばらくしたら電話をして、まだ樽が残っていたら、行ってみようか。 秋の潮風も気持ちよいはずだ。誰か、ご一緒にいかがだろうか?


暮色のレストランマーロウ

店内の装飾


富士山と夕日を窓から望む

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