ドクター神津が客員教授の辞令を受ける
2002年の11月号に、「新しい医師臨床研修」と題して書いたのだが、いよいよそのシナリオが現実のものとなったことを報告したい。
まずはその時に書いた文章を再掲してみよう。
平成16年4月から、新しい医師臨床研修が始まる。今までの医師の臨床研修は、殆どが大学病院の付属病院で行われていたのだが、今後は地域の一般病院や地域の開業医師にもその役割が割り振られるらしい。特定機能病院の役割を大学病院がするようになってから、いわゆるプライマリーケアに関する疾患を教育することが困難になっているといわれている。私も教育医長、医局長、病棟医長として長く学生の臨床研修や新入医局員の研修を大学病院で行ってきたが、開業して地域医療に携わるようになると、大学病院だけの教育では偏ったものとなるだろうことが次第に分ってきた。
今回の改正については、地域におけるプライマリーケア医としての役割を担える医師を養成する、というのが根幹だから、今までの「医学研究者」を養成してきた大学医学部の方針が社会のニーズに合わなくなって来たのを反省し、ようやく方針転換を図ったといえるだろう。
2002年11月号。
以前の写真はスマート。
少し体重が増えてきた。
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すでにアメリカでは、開業をしながら「臨床教授clinical professor」になることが当たり前になっているし、イギリスにおける「General Practitioner」教育には、地域の優秀な臨床医が大学教授として入っている。イギリス政府は「地域の良医を教授にしなければ国の補助をその医学部には与えない」という強い圧力をかけたから、各医学部はそれに従わざるを得なかったのだが、この点では日本においても政府による強い指導が必要であろう。
大学病院に来院する患者は、地域のかかりつけ医(プライリーケア医)によってスクリーニングされ、病気らしい病気になってから紹介されて送られることが多い。ある意味では特殊な患者を選択して診ているともいえる。教科書的な症状がそろってから診るから、診断が付けやすい。それを「こんなになるまで放っておいて」などと見当違いの非難をすることも多い。実は、顕在化する症候の前に、未然に患者の心身をコントロールし、マネイジメントすれば、大学病院に入院するような病気にはならないということが分ったのは、私にしても最近のことである。「未病のうちに治す」という医療が最も良い医療なのだ。医療費も安くてすむ。こうした日本の地域医療の底辺を支えているのが地域の優秀な開業医たちである。彼らの臨床ノウハウを伝授し、地域における診療連携の円滑なシステムの中に若い臨床医を入れることは、今までの医局や大学などの縦割りの悪癖を取り除き、次世代の地域医療を担う層を形成するのに大変有効な方法と思う。
現在、プライマリーケアの中でも重要な役割をしている「在宅医療」についても、各地の心有る医師たちが医学部の学生を引き受けて手弁当で教育実習を手伝っている。多忙な日常業務の中で、きちんとしたプロトコールを作り医学教育をすることは大変なことだ。それを、今までの医学部は菓子折り一つでお願いをしていた。今後は、きちんとしたタイトルと、医学部の中にポストを与えてお願いをする、ということになるはずだ。
こうして、日本の地域医療をあずかる臨床医が、医療技術という最高のスキルを身に着けた隣人として受け入れられることになるだろう。自分のかかりつけ医が、「○○大学の臨 床教授」だと知ったら、患者はその医師をさらに尊敬することになる。患者と医師の信頼関係がさらに良くなれば、日本国民はさらに健康になれる。
こう書いてから、7年と半年が過ぎた。
そして、今年4月1日から、私は「昭和大学客員教授」の辞令を頂いた。
東邦大学からは医学部客員講師の辞令を頂いている。明治大学の非常勤講師として法学部の学生の授業を数年受け持ったこともあり、大学の運営にかかわるような立場ではないが、学生教育、研修医教育の一翼を担っている教員であることに間違いはない。
昭和大学のホームページ。
医学部、歯学部、薬学部がある。大学院も併設。
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Wikipediaを引くと、「教授(きょうじゅ、英: professor)とは、高等教育を行う教育施設において、最上位の教員の職階のこと、または、その職階にある者のことである」とある。また、「客員教授(きゃくいんきょうじゅ)とは、大学ないし学術機関に一定期間、常勤または非常勤教員として籍を有するもののうち、教授の職位をもって待遇される者に対して授けられる職名または称号のことをいう」 また、「客員教授は、大学ないし学術機関に一定期間、常勤または非常勤の教員として招聘するに際して、主に教授の職位の者を迎える場合に付与される職位・称号である。その他、政治・行政・経済・文化など社会の一線において一定の地位を有する者を迎える場合、これを礼遇するため、客員教授として迎えることが多い」とある。
京都大学では、「京都大学客員教授及び客員准教授等に関する規程」が定められていて、ネットでも読める。そこには「第2条 総長は、次の各号の一に該当する者のうち、本学において引き続き3月以上専攻分野について教育又は研究に従事し、本学の教授又は准教授と同等以上の資格があると認められる者に対して、客員教授又は客員准教授の称号を付与することができる」としている。多くの大学で、このような規定に則り客員教授を決めているのだろう。
開業医の中には、こうした「本学の教授又は准教授と同等以上の資格があると認められる者」は多い。もちろん、大学教授を定年になって開業する医師もいるので、大学に残っている医師や教員が上で、地域医療に貢献している開業医師が下、というような上下関係はもはや存在しないといってよい。
最近の社会的傾向として、患者が医師を選ぶというトレンドが確立されつつある。昔の開業医は、少しばかり人柄が悪くても、診察をして薬を出してさえくれれば患者は集まった。しかし、今ではそんな医師は口コミで淘汰されてしまう。「自分には患者を惹きつける力も医院を経営する能力もない」と分かっているから、大学付属病院の看板に助けられて臨床医を続けている医師は多い。外へ出せない、外へ出られない、という医師が大学には多いから、若い研修医たちは大学病院から出て行こうとしている。医師の技術は、それを教えてくれた師匠によって格段の差がつくからだ。
永井友二郎先生。
三鷹市下連雀2-10-10にて「永井医院」を開業。
院長として長く地域医療に携わる。
今も91歳で現役開業医。
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ここのところ、時々永井友二郎先生とお会いすることがある。最近では、4月号でお話した「医療志民の会シンポジウム」でもお会いしてお話をさせていただいた。先生は、若い人たちに期待を込めて、以前日本プライマリ・ケア学会でお話した内容の全文をMRIC(Medical Research Information Center)に投稿されたという。
永井先生は「実地医家のための会」という開業医師の勉強会を日本で最初に立ち上げた、開業医師の神様のような方だ。千葉大学出身であるから名誉客員教授を千葉大学から頂いてもおかしくない。永井先生のお話は、人の心に沁み入るものだ。一度皆さんも聞いてごらんになるとよいと思う。しかし、もう90歳を超えられたので、早くそのお姿に接する必要がある。ネットではこんなPDF資料もあるようだ(http://www.jadecom.or.jp/pdf/gekkanchiikiigaku/21_6.pdf)。
教授の辞令は紙一枚。何の褒賞もないが、自分自身の裏書きを頂いたようで大変うれしく思う。大学の方では何ということもない人事課の通達にすぎないかもしれないが、地域で頑張っている優秀な開業医師が元気になるのだから、是非とも多くのそれに値する医師たちに惜しげなく出して頂きたいものだ。それは、大学と地域を結ぶ、温かく太いきずなとなるに違いないから。
春の夕日は暖かい
波の上に吹くそよ風が
快く吹き抜ける
明日も元気で働こう
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