医学教育の現場
7月の神津内科クリニックは、研修医に実習生にintern生と、まことに活発な様相を呈していた。
研修医は日本大学医学部附属板橋病院から派遣されてくる。5月から毎月月替わりで来ているので、スタッフも気の抜けない数カ月になっている。研修医はすでに1年間の大学病院実習を経てくるので、患者扱いも慣れたものだ。採血も点滴も注射も大体がうまくやれている。中には下手なのがいて「研修医には採血して欲しくない」と患者さんにいわしめる人もいるが、概ね好意的に受け止めてもらっている。
5月11日からの研修医は、神経内科医を目指している先生だった。「大学にいると、地域に帰られた患者さんたちの情勢を知ることが出来ない。地域でどのように過ごしているのかを知りたい」といって、神経疾患患者さんたちにインタビューを繰り返していた。
6月8日からの研修医は、地域における高血圧診療を勉強したいといっていたし、7月6日からの研修医は、common diseaseを地域でどのように診療しているのかという点に興味を持って、そこにfocusを当てて研修していた。8月3日からの研修医は、とりあえず何でも見てやろう、とモチベーションを高めている。
6月には昭和大学の医学部の3年生が実習に来ていて、3日間だったが「患者さんを見ながらDr.神津がする質問に答えられなかった。大学で習った知識がいかに『付け焼刃』だったか分かった。もっと勉強しなければと考えた」と、彼が考えたことは、この実習が無駄ではなかったことを示している。昭和大学で医学部3年生の講義もやらせてもらったが、まだ純粋な学生のうちに地域医療の中に放り込まれるのも悪くない。Early exposureという教育手法であるが、大学医学部の教師とは一味もふた味も違う開業医のもとに学生を預けることは、臨床医という大きな器の中で揉まれる良い経験になるだろうと思う。
昭和大学での講義風景。
実習用に学生はスーツの
着用がすすめられている。
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7月には、東邦大学医学部の5年生が実習にきた。彼は神経内科に興味を持っていて、実習先が神経内科のクリニックだということでわざわざ神津内科クリニックにapplyしたのだという。なかなかの好青年で、真摯な態度で実習をしてくれた。その同時期に研修期間だった早乙女先生が、よくこの学生を指導してくれていて、うまい具合に研修・実習チームとして機能していた。「教えることは覚えることだからね」と一言excuseを早乙女先生には入れておいたが、少し学年が違うと、お互いに良い刺激を与えあうようである。
これに加えて、島津盛一先生から依頼を受けたMiss. Cohl Johnstonが7月8日から15日まで加わったから、結構大変なことになっていた。
島津先生からは6月19日付でメールをいただいていた。
「さて、お願いしたいことがあり連絡をしております。当院で10歳のときより拝見していたカナダ人の娘さんが高校を卒業され、カナダで医学部(進学課程)に入学する由。報告にこられた際、当院でインターンを希望されました。しっかりとしたcurriculum vitaeを提出され、内容に感心し受け入れを認めました。卒業式を終えてすぐの6月15日から2週間、当院で研修(主に見学ですが)を行っております。とても熱心に、多くの興味をもち、しっかりと質問する姿勢には好感がもてました。本人からその後他の科も見学できないでしょうか、というご希望がありましたので、ご相談する次第です。ご多忙のところ恐縮ですが、7月8日以降で1週間ほど高校卒業直後の研修生を受け入れることが可能かどうか、ご連絡をいただければ幸いです。本人からのメールを下に貼り付けます。またbiographyなどを添付します。どうぞよろしくお願いいたします。」
以下がその手紙だ。
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Dear Dr. Kozu,
Please allow me to introduce myself. My name is Cohl Johnston and I am a
student who has lived in Japan since I was born, who has been accepted by a
university in Canada in to study pre-medicine from September. I am
currently interning with Dr. Shimazu, who has given me a wonderful
experience in his clinic this summer. He has kindly also introduced me to
you because before I begin my studies I am hoping to gain some further
experience to help me understand what is required to be a great doctor like
the both of you.
I was wondering if you ever take on summer interns in your practice? It
would be a tremendous opportunity to be able to assist you in any way I
could, and gain some direction and experience. I do not need a paid
position, and I would be very flexible about working hours. Any experience
would be a great chance for me. I could be available between July 9th and
July 19th at your convenience, if you might consider accepting my
application.
With this letter, I have attached my resume, as well as a brief personal
biography, to give you a better idea of the kind of person I am. I am
really grateful for any advice you might have to offer me and would be
thrilled if there might be a position available on your team or with one of
your colleagues. I can be contacted by e-mail on canadacohl@mac.com.
Thank you very much for your kind consideration.
Kind regards,
Cohl Johnston
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彼女は現在Waterloo Universityへ通学する準備をしている。カナダでは、医学部の本科に入学する前に、2年から3年(場合によっては4年)間予科として数学や物理、化学や国語などを履修し、さらに社会的ボランティア、あるいは研究室の助手としての経験などが必要となる。以前私のところに来ていたMr. Peter Pavlovich (University of British Columbia Medical School Vancouver, Canada)は、物理の修士を取って医学部へ行っていた。
2004年にPeter Pavlovich君が実習に
来た時に撮った写真。
神津内科クリニックの院長室だが、
彼と写ると何となくアメリカの医局の
ような雰囲気があるのは不思議だ。
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いつものように出勤すると、医局で彼女が待っていた。
「How do you do? You must be Miss. Cohl right ?」
「Nice to meet you, Dr. Kozu.」
「Can you speak Japanese ?」
「はい、沢山じゃないですけど」
それだけ喋れればいい、後は日本語で、とスタッフに紹介した。すらりとした長身の彼女は、18歳という年齢よりずっと大人びて見える。物腰の柔らかさは心の柔らかさを反映しているようだ。何にでも興味を示し、いつも質問を考えている。
私は研修医や実習生に対して、一呼吸置く毎に「何か質問はありますか?」と聞いている。気の利いた質問が返ってくることはあまりなくて、分かっているのかいな・・・?と心配になることが多い。こうした時に、彼女は、
「ん~、coolな質問を考えて、後でします」とメモを離さずに、にこやかに答えるのが常だった。Coolというのは、気の利いた、利発な質問、という意味だ。医学部の学生より、医師になった研修医より、このinternshipを楽しんでいるようだった。まだ、医学的知識もなく、専門用語も知らないから、こちらの説明の仕方も難しい。そうした意味では、研修医の早乙女先生は、毎日毎日Cohlさんの「直属の上司」として、彼女の旺盛な知識欲によく答えてあげたと思う。私も、i Phone用の和英辞典を買った。いろいろとよい刺激をもらったと思っている。
向って左から、
東邦大学医学部5年の藤田君、サッカー部、
その隣が研修医の早乙女先生、弓道部。
私の隣がCohlさん。
日本語で「香流(こーる)」と署名する可愛い女の子だ
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教育は、教え育むことだ。そのための準備を私は楽しいと思う。教育の現場には、その場その場で新鮮な驚きがある、自分にはない様々な若い人たちの考えや行動が勉強になる。生き生きとしたパワーをもらうことも、教育者の役得だ。今後、彼ら彼女たちがどんな医師になるかと思うと、ついつい笑顔になる。これも人には味わえない教育者の楽しみの一つである。
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