神津 仁 院長
1999年 世田谷区医師会副会長就任
2000年 世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年 日本臨床内科医会理事就任
2004年 日本医師会代議員就任
2006年 NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年 昭和大学客員教授就任
1950年 長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年 日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、
運動部主将会議議長、学生会会長)
第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年 米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年 特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年 神津内科クリニック開業。
「臨床医、プライマリ・ケア、かかりつけ医、地域医療」
「イエスは、すべての町々村々を巡り歩いて、あらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった」マタイ9:35
「ベテスダと呼ばれる池があった。そこに38年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。イエスは彼に言われた、『起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい』すると、この人はすぐにいやされ床を取りあげて歩いて行った」ユハネ5:2-9
「イエス・キリストの医療福祉的行蹟」という論文を書いた金相圭(川崎医療福祉大学、医療福祉学部医療福祉学科)によれば、イエスの医療領域(病人,精神障害,身体障害,負傷等の治癒)に関係する事例は32あるという。本研究は、新約聖書のうちイエス・キリストの弟子たちが見聞きした、イエス・キリストの行いを記載した4つの福音書であるマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書からその事例を抜き出したものだ。冒頭に挙げたイエスの行いについての記載を読むと、イエス・キリストは遍歴医であり、プライマリ・ケアを実践する者の一人であるようにみえる。
実は私もイエスと似たような経験をしたことがある。
以前かぜや腰痛で診た事のある、87歳の女性が急に起き上がれなくなったとのことで往診の依頼があった。私のクリニックから車で15、6分のところなので、看護師を連れて環七を往診車で走り、狭い一方通行を抜けて、患家近くの100円駐車場に車を止めた。道路から少し奥まった木造二階建ての家屋には、門から20mほどのコンクリートのアプローチがあって、庭の木々が見渡せた。玄関に入ると患者の姉が出迎えてくれた。家の中に入ると、リビングの奥に布団が敷いてあって、そこに患者は寝ていた。しかし、もう一つ座敷にベッドがあって誰かが寝ている。
「そちらは?」と聞くと、
「私の弟なんです。実は子供の頃に脳炎をわずらってそれ以来寝たり起きたりで、小学校も4年生までしか行かなかったんです。姉と私が二人で今まで看護してきたんですが、最近弟の腎臓がかなり悪いことが分かって、透析になるんじゃないかと病院でいわれたものですから心配で心配で。それに、私も腰痛持ちなものですから、私が倒れたらこの子がどうなるかと心配で心配で」と涙を流さんばかりの口調で私に訴えた。
患者を一通り診察し、神経学的な異常のないことを確認した後に、私は患者にやさしく語りかけた。
「あなたに今のところ大きな異常はないようです。だから立てるはずですよ。さあ、立ってみましょう!」
「いやぁ、だめですよ、出来ません」
「大丈夫、さあ立って」
患者はゆっくりと私の手に体重を掛けながら起き上がった。そして、立った。
「あれぇ、立てました! 嘘みたい! ええ~っ」と、彼女は仰天した。
「どうしたんですか? まるで神様みたいです! 先生」
これが奇跡でないことは確かだ。Copingや行動療法などの勇気付けが、患者に大きな力をもたらすことを老練な臨床医はよく知っている。西洋には「薬としての医師」という言葉があるが、患者は医師という媒体を通して自らを治癒へと導くことが出来るのだろう。神経内科医のJ•N•ブラウは次のように述べている。「患者にプラセボ効果を及ぼすことのできない医師は、病理学者になるべきだ」と(「代替医療のトリック<Trick or Treatment ?>」新潮社刊)。
「イエス・キリストの医療福祉的行蹟」の論文の中から、もう少し引用を拾ってみよう。
「ひとりの人が言った。『主よ、わたしの子をあわれんでください。てんかんで苦しんでおります』イエスがおしかりになると、悪霊はその子から出て行った。そして子はその時いやされた」マタイ17:14-18、マルコ9:17-27、ルカ9:38-42
「人々は、耳が聞こえず口のきけない人を、みもとに連れてきて、手を置いてやっていただきたいとお願いした。そこで、イエスはその両耳に指をさしいれ、そこから、つばきでその舌を潤しその人に『エバタ』と言われた。すると耳が開け、その舌のもつれもすぐに解けて、はっきりと話すようになった」マルコ7:32-35
これらの事例をあつめて集計した表が以下のものだ。
もちろん聖書は医学書ではないから、表現は信仰にまつわる比喩的で神秘的ないい回しとなっているが、イエスが何らかの医学・医療的なスキルをもって人々を癒したことは間違いなさそうだ。
■かかりつけ医
「かかりつけ医の外在的意味」とは、自分たちが病気で「自分や家族がかかっている=受診している」医師で、「なにかにつけ(かぜをひいた、転んで擦りむいた、お腹が痛い、子供が学校へいかなくて困る、等々)お世話になっている」医師である、田中先生、石田先生、渡辺先生等々の実際の先生方を指す言葉といっていい。
一昔前の日本の医療環境の中では、実質的なかかりつけのお医者さん(主治医)を誰もが持っていて、何かというと相談を持ち込んだ。必要があればより専門的な医師を紹介したり、手術や精査のための病院を紹介した。そこから帰ってくれば、また同じようにかかりつけの医師として診療を継続した。
こうして10年、20年と診療していると、子供ができ、孫ができ、お年寄りを看取ることもあり、家族全員を一つの家庭の構成員の一人一人として診療することができるようになる。時に往診もするから、家の中も家庭の内情も分かってくる。Aさんのところでは在宅での治療が十分可能だが、同じ病気でもBさんの家庭では無理だから何とか入院に持っていこうか、などと判断することが可能になるのだ。
こうした技術は長い臨床経験に裏打ちされたものであり、習得するのに年月を要する。かかりつける方にも、相性があるから、この先生、あの先生と何人かを品定めして信頼できると踏んでからお世話になる。これにも時間がかかる。
日本の現在の医療状況の中で、お産から中耳炎、神経内科疾患から骨折のギブス巻きまでの一般臨床をカバー出来る医師はいない。最近ではそうした医師を「総合医」として養成する方向が決まりつつあるが、家庭医療の本家であるイギリスやカナダでも、お産を請け負うことはしなくなっているから、ある程度広い臨床範囲をカバーできる医師とすれば、それは臨床内科医か臨床外科医であるといって良いだろう。
全人的な医療を心がけ、患者の全体像、家庭を含めた健康管理を行っている医師と規定しても良い。経験年数は卒後10年以上で、往診または在宅医療を積極的に実施している医師が望ましい。一年間で2回以上その医師を受診して、患者・医師関係が緊密であり、相互に信頼して、医師の医療管理に関する説明を良く理解し、実施できる患者関係が出来上がっていれば、それは「かかりつけ医とかかりつけ患者の良い関係」が作られたといって良いだろう。
Healthクリックというネット上の医療辞書に以下のような記載があった。言葉の解説として、コンパクトにうまくまとめてあると思う。
■プライマリ・ケア
米国国立科学アカデミー(National Academy of Sciences, NAS)は、1996年に「プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)とは、患者各人が抱える問題の大部分に対応し、患者と継続的な共同関係を築き、家族や地域という枠組みの中で責任をもって診療する臨床医によって提供される、統合された、容易に享受できる医療サービスである」と定義している。私は、1998年に「地域医療」を「地域に根差した医療」として以下のようにさらにその内容を定義した。
近年のプライマリ・ケアの概念は、オレゴン健康科学大学家庭医療学John W.Saultz教授によって、以下のように示されている。
・Access to care(近接性)
・Comprehensive care(包括性)
・Coordination of care(連携)
・Continuity of care(継続性)
・Contextual Care(文脈性)
英語の単語ではその内容が分かりづらいので、これを日本語に直すと
・近接性:地理的、時間的、経済的、精神的に受けやすい
・包括性:年齢、性別、臓器、身体、精神などにとらわれず、健康維持・疾病予防まで含めた全体のケアをする
・連携:他科の専門医や地域行政・介護・福祉、地域住民と連携してケアに当たる
・継続性:一人の人間として、産まれた時から死に至るまでの全てのイベントに継続して関わる
・文脈性:その人の心情や事情、経済的、家庭的、その他さまざまな脈絡を大切にし、一律でないケアを行う
となる。
世界の医療史を俯瞰すると、そのほとんどが地域医療であり、プライマリ・ケアの基本をなぞっていることが分かる。患者がいればそこに赴いて医療行為を行うのが医師だ。ヒポクラテスは患者がいるところに出かけて行き、観察し、治療し、同門の医師たちとその経験知を共有した。こうして築かれた歴史は紀元前、紀元後の4000年の長きにわたっていた。今後も我々医師は患者の傍らにいて、勇気付け、共に生きる地域医療を大切にするはずだ。
(資料)
1) healthクリック:「かかりつけ医」
http://www.health.ne.jp/word/d2081.html
2) イエスメキリスト(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/イエス・キリスト