神津 仁 院長

神津 仁 院長
1999年 世田谷区医師会副会長就任
2000年 世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年 日本臨床内科医会理事就任
2004年 日本医師会代議員就任
2006年 NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年 昭和大学客員教授就任


1950年 長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年 日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、
運動部主将会議議長、学生会会長)
第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年 米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年 特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年 神津内科クリニック開業。

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「孫から教わる生命の不思議」

「何かの数字が4.2らしいわよ」とwifeの話を聞くともなく聞いていた。
(ん?何のことかな、黄疸指数は2~6mg/dlが正常だから、異常値だというなら他の検査値かな…)と心の中で反芻していた。

 初孫が2013年の8月1日に生まれた。双子だったので自然分娩で生んだお嫁さんはさぞ大変だったと思う。国立成育医療研究センターにお世話になったが、主治医が私の大学の同窓だったこともあり、安心してお願いすることが出来た。
 孫が生まれたその日、私はある研究会の座長をしていた。Wifeから「生まれた」のメールをもらったのは懇親会の始まる少し前だった。乾杯の挨拶に「先程初孫が生まれました」と話すと、出席の先生方から歓声と祝福の拍手を頂いた。特別講演をして下さった東京女子医大名誉教授の岩田誠先生からも、笑顔で「おめでとうございます」と祝福して頂いた。

 研究会の帰りに国立成育医療研究センターにお見舞いに行くと、LDR室[L=Labor(陣痛)、D=Delivery(分娩)、R=Recovery(回復)]に、お嫁さんのお母さんとwife、それに長男がいて、生まれたばかりの二人の赤ちゃんを嬉しそうに眺めていた。
 「二番目はすぐに生まれるから、30分くらいで、と先生からいわれていたのに、3時間もかかったんですよ」と、いつもは元気なお嫁さんが弱々しい笑顔を作りながら話してくれた。

 彼女の顔色があまりにも色白になっていたので、4.2という数字がヘモグロビンの値だとようやく気がついた。出産で胎盤と共に相当の出血があったのだ。母親になるということは、第一歩からして大変なことだ。国立成育医療研究センターは母乳主義なので、二人の赤ちゃんに代わる代わる授乳させるのも大変だ。睡眠と休息の取れない日々がその日から始まる。母親は強いというが、その生命力は男性の比ではない。しかも、日に日にお嫁さんの体力は回復し、輸血もしないで、退院する3週間後にはHemoglobinの値が8g/dlまで回復していた。

 ちょうどお盆休みも重なって、お見舞い方々赤ちゃんの多少のお世話をしに行くことが出来た。貧血は失血性貧血で鉄欠乏性貧血でもあるから、鉄分を補給しないといけない。私は外来診療で貧血患者さんに青のりを勧めているので、お嫁さんのためにカメセ水産の青のりの瓶を何本も買って持って行った。青のりは、鉄を乾燥重量で100g当たり74.8mg含有する優れた食品だ。「カメセ水産青のり」は20g瓶があるので、一瓶に14.96mg入っている計算になる。これを毎日食べれば貧血も改善するはず、と義父の愛情を注いで食べてもらった。

 このせいだけではないとは思うが、退院する時には以前の明るい笑顔の素敵なお嫁さんに戻っていた。すごい回復力だと心底感心した。女性の生命力は、二つのX遺伝子を持つ「本当の人間」としての、正当な生き物としてのパワーを隠さない。それに比べると、一つのX遺伝子と、性を決めるだけのY遺伝子を持つ男性は、人間としては奇形であり、修復能力の弱い生き物なのだと思う。だから女性に支えられて生きていかなければすぐに死んでしまうのだろう。伴侶を失った高齢女性(心機一転して元気!)と、高齢男性(沈痛で憂鬱)の明らかな違いは、もうすでにこの世に誕生する瞬間から決まっているのかもしれない。

 我々は親兄弟姉妹を見ると良く似ていると感ずる。私も「父親に似てきた」などと妹たちにいわれることも多い。その妹たちも母親にそっくりになってきている。ちょっとした仕草、笑い方や歩き方が親とそっくりだと自覚することも多い。生活を共にする時間が長く、知らぬ間に同じ動作や考え方をトレースすることは十分考えられる。しかし、いかに長く同じ生活していても、友人同士や同僚同士が似てくるとはいえない。長く離れ離れになっていた家族が、似たような仕草でそれと分かる、などというのは小説にもよく出てくる話だ。

 人間の表情や動作、行動パターンはすべて脳の働きによる。脳の機能は母体にある時から働き始めるだろうが、脳波の研究からmyelinが十分に発達するのは15歳くらいだといわれていて、シナプスの解発も新生児ではまだほとんど未成熟なはずだ。とすれば、新生児に起こっている表情や動作、行動パターンは、遺伝子に刻まれたものが読み込まれて表出されていると考えるのが妥当だ。

 生まれたばかりの孫たちを観察していると、生後数日して笑顔が見られた。つまり、人間の笑顔はすでに遺伝子に書き込まれていて、見る人を幸せにしてくれる効果が期待されているのだ。「ほら、笑った笑った」と、喜んでいる人に「自分はあなたと同じ人間であり、仲間です」と強いアピールを投げかけているのだ。

 孫は双子で男と女に分かれて生まれてきた。男の赤ちゃんはやはり少し発育が悪くて心配させられた。女の赤ちゃんはミルクの飲みも良く、体重も身長も順調に増えて行った。昔から日本では「一姫二太郎」と、女の子が先に生まれる方が育てやすいという言い伝えがある。若いお母さんにとっては全てが初めてのことなので、まずは女の子を育ててそのノウハウを蓄積し、その経験を踏まえて次に育てにくい男の子を育てる方が理にかなっているというわけだ。

 しかし、いっぺんに二人の赤ちゃんを授かった我が家の若夫婦は大変だ。お嫁さんは幼児教育の実践者として幼稚園教諭を長く務めた経験があるので、彼女のノートには赤ちゃんのミルクの摂取量から残量から排泄回数やその状態、体温、睡眠時間、授乳時間などのデータがびっしりと書き込まれている。離乳食が始まってからは、その内容と摂取量が追加され、昼寝の時間、食事時間、入浴時間、就寝時間が管理され記録されるようになった。その精緻さは、我々が臨床研究をするのとほぼ同じmannerだ。そのうち育児の教科書を出すかもしれない。楽しみにしておこう。

 遺伝子に乗った性差の発現は、外見の違いだけでなく、存在としての動的平衡の感触を我々観察者に与える。まず男の赤ちゃんは女の赤ちゃんに比べて硬い。女の赤ちゃんは男の赤ちゃんに比べて軟らかい。抱いてみると、女の赤ちゃんは軟体動物や硬めのゼリーを持つ感覚で、支点が定まらないので注意を要する。脂肪が多く関節が柔らかいからなのだろう。男の赤ちゃんは置物に近い固体としての支点を持っているので抱きやすく、高い高いをしても受けやすい。猫と犬の違いといってもいいかもしれない。

 歩き始めはやはり女の子の方が早かった。目的のものに到達する速度がハイハイより二足歩行の方が早いので、いつも男の子は欲しいものが手に入らずにいた。お嫁さんが母親としてうまくバランスをとって「はい、次はお兄ちゃんね」とシェアする気持を植えさせているのだが、辺縁系のエネルギーが溜まってくるとお互いに怒りを行動に表すようになる。

 運動中枢は、中心前回にある一次中枢(M1)以外に、辺縁系-帯状回にM2, M3, M4と副次的な運動中枢があり、これは感情とリンクしている。片麻痺患者であっても、笑うと麻痺側の下顔面筋が収縮する事実が知られている。怒りもおそらくそうなのだろう。だれが教えたわけでもないのに、1才の幼児が手を出して叩く。叩くだけでなく、物を投げたり、髪の毛を引っ張ったり、つねったりする。そうしたことを親が教えるわけもなく、脳が手指を動かして敵対行動をとるのだ。これも人間の遺伝子に書き込まれ、脳の命令として攻撃パターンを実行している。

 面白いもので、弱者としての男の子はじっと周囲の気配を読みながら、女の子が他のものに気をとられているすきに、瞬時に攻撃に出る。後から背中をつねる。持っているうちわで頭を叩く。攻撃が上手く成功すれば、女の子は泣いて反撃に出るのだが、だいたいが失敗する。スカを喰うわけだ。なので、そこでお互い違うおもちゃで遊び始める。そして、すぐに仲直りだ。その時は、思いっきりの笑顔でお互いを認め合う。

 最近2才になった孫たちが私の家に遊びに来ることが増えた。女の子がその時に必ずやるのがベッドで寝たまねごっこだ。女の子が横になると、私にも同じように横になれという。私が横になると、今度は女の子が起きる。私がそれを真似て起き上がると、また女の子が横になる。それをキャッキャと楽しそうに何回も繰り返す。こちらは腹筋運動をさせられるようで大変だが、同じ行動をとることは、相手を認めて友好の情を交わすこととなるので、毎回この儀式を繰り返している。孫二人を見ていると、最近は同じ行動を真似することが増えた。笑うときには一緒に笑い、一人が頭を振るともう一人も頭を振る。

 これは心理学的にはMirroringといわれる現象だ。意識している、していないに関わらず、「真似る」「模倣する」といった行為は、相手に対する尊敬や好意の気持ちを表現したものとして認識され、「自分の仕草を真似る人=仲間・味方」といった形で記憶・認識される。恋人や夫婦関係といった男女の間でも、二人の間に共通する「愛情」を作り上げるために、共感し好感を持つ相手の表情や動作を真似することが行われる。永く過ごした夫婦が、最初は他人にもかかわらず、高齢になって顔つきもやることも似てくるというのは、そうした日々のmirroringの積み重ねだといえよう。かくいう我々夫婦も大分似てきたようだ。


(資料)
1) 国立成育医療研究センター(Photo):http://www.keio-mog.jp/facility/ncchd.html
2) カメセ水産:http://www.kamese.com/
3) Bon Secours ST. Francis Health System: http://www.stfrancisbaby.org/
4) The motor cortex and facial expression: new insights from neuroscience. Morecraft RJ, Stilwell-Morecraft KS, Rossing WR.:
  http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15335441
5) ミラーリング効果:http://shinri.c-goto.com/jikken7.html
6) Mirror Their Behaviors:http://www.yesware.com/blog/the-science-of-nonverbal-selling/

2015.10.01 掲載 (C)LinkStaff

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