神津 仁 院長
- 1999年
- 世田谷区医師会副会長就任
- 2000年
- 世田谷区医師会内科医会会長就任
- 2003年
- 日本臨床内科医会理事就任
- 2004年
- 日本医師会代議員就任
- 2006年
- NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
- 2009年
- 昭和大学客員教授就任
- 1950年
- 長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
- 1977年
- 日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、
運動部主将会議議長、学生会会長)
第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。 - 1988年
- 米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
- 1991年
- 特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
- 1993年
- 神津内科クリニック開業。
謎解き
今私がハマっているのは、「Sherlock」というBBCのドラマだ。ベネディクト・カンバーバッチ扮するシャーロック・ホームズが、マーティン・フリーマン扮する医師のワトソンとともに謎解きをする有名な物語が、まさに現代に蘇った。テンポよく、90分で完結する秀逸なドラマは、2010年にイギリスで放送されて大反響を呼び、2012年度エミー賞全13部門ノミネートされた。シーズン1のVol.1から始まり、Vol.2、Vol.3と見続けている間に次のシリーズを見ないわけにはいかなくなり、シーズン2のVol.1、2、3と見て、今はシーズン3のVol.1をiTunesでレンタルしている。
医師は、病気の診断という謎解きを常にしているので、シャーロック・ホームズを題材にしたものをどうしても好んでしまう。2014年4月の名論卓説で、多くの反響を呼んだエイブラハム・バルギーズ医師のTED talk「A doctor’s touch」を紹介したが、その中でもこんな話を紹介していた。
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まずはこの人を紹介します。アーサー・コナン・ドイル(写真左)です。コナン・ドイルはエジンバラで医学を学びました。シャーロック・ホームズはジョセフ・ベル(写真右)に師事した経験から感銘を受け、生み出されたものとされています。ジョセフ・ベルは偉大な教師でした。
コナン・ドイルはジョセフ・ベルのこんな逸話を記録しています。ジョセフ・ベルは学生に囲まれたこうした外来で患者を診ていました。
受付を済ませた女性がERに入ってきました。女性は子供を一人連れています。コナン・ドイルは次のような患者とのやり取りを記述しています。
『おはようございます』と患者が言うと、ベル先生は、
『バーンティスランドから渡ってきたフェリーはどうでしたか?』と聞きました。
彼女は『大丈夫でした』と言います。するとベル先生は、
『もう一人のお子さんはどうしたのかな?』と聞きます。
『リースの姉のところに預けてきました』と答えます。
『ここに来る前に植物園を通る近道をして来たのじゃないかね?』と聞きました。
『はい、そうしました』と彼女は答えます。
『あなたは今もリノリウム工場で働いているのかね?』と聞きます。
『はい、働いています』と驚きながら彼女は答えました。
そこでベル先生が生徒たちに説明を始めました。
『彼女が挨拶をした時に、ファイフ訛りに気付いた。ファイフからの最寄りのフェリーはバーンティスランドだ。だから、彼女はフェリーを使ってきたに違いないと考えた』
『そして、彼女が持っているコートを見ると、子供一人連れで着てくるには小さすぎると思った。だから、旅の最初は二人連れで、途中で一人は誰かに預けてきたに違いないと考えた。君たちが気付いているように、彼女の靴の底に赤土が付いている。赤土は、ここエジンバラの周囲100マイル(約160km)以内にはないものだ。ただし、この近くの植物園には赤土があり、だから彼女はここを通って近道して急いでここまで辿り着いたのだと分かった。彼女の手を見ると右手の指に皮膚炎があり、この皮膚炎はバーンティスランドのリノリウム工場の工員に独特のものなんだ』と。
ベルは実際に衣服を脱がせ診察をする前に、何と多くの情報を得ていたことか。医学の教師であり生徒でもある私はこの話に大変感銘を受けました。しかしながら、我々医師が、五感を使うという簡単な手段で体の中が調べられるようになったのは、きわめて最近のことなのです。
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特に、特別な器械を使わずに打腱器と安全ピンだけでおおよその診断をつけることが出来る神経内科医は、神経解剖と神経生理を頭の中で足したり引いたりしながら核心に迫っていく。そこにまた臨床神経内科医の醍醐味がある。
■右手がうまく動かない男性
ある日外来に70代の男性が友人の整形外科医に紹介されたと来院した。物腰は柔らかいが、どっしりとした風格はある程度の社会的地位を持っている人のようだった。洒落たセーターにジーンズ、ベネトンのトレッキングシューズという出で立ちは、独立系の社長か自由業なのだろう。
「どうされました?」
「右手がうまく使えないんです」
「具体的に言うと?」
「蕎麦を食べようとするときに、箸を口元へ持って行くのが難しいんです」
「なるほど。その他にはどうですか?」
「麻雀をやるんですが、牌を積むのにドジることが多くなりました」
「しびれや体がぴくぴくすることなどありますか?」
「いや、それはありません」
「分かりました。では診察をしてみましょう」
脳神経の異常はなく、歩行や片足立ち、スクワットの姿勢からの立ち上がりも問題なかった。筋伸張反射は全体に低下していて、病的反射はなかった。徒手筋力テストをすると、下肢の筋力は保たれていたが、右上肢の筋力低下が目立った。着衣を脱いでもらって筋肉の付き方を見ると、右上肢の筋肉が左に比べて萎縮傾向のあることが分かった。特に、三角筋、上腕二頭筋に萎縮が目立つ。筋力は肩の挙上が5-/5、上肢水平挙上が4/5、肘の屈曲が4-/5、前腕の回外が4/5で、左右差が目立っていた。感覚障害はなかった。
なるほど、麻雀の牌を積むには指で牌を握った手を回外させることが必要だ。蕎麦を食べるには、肩を引っ張り上げ肘をまげて口元に持って行かなければならない。
産業医科大学整形外科の酒井昭典先生の監修した「今日の臨床サポート」によれば、「片側の肩を挙上できない患者で、肘の屈曲筋力と前腕の回外筋力も低下している特徴的な臨床所見で診断できる」とある、その病気は「頚椎症性筋萎縮症cervical spondylotic amyotrophy=CSA」だ。
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頚椎症性筋萎縮症とは、Keeganが報告した上肢帯の麻痺を呈する近位型と、平山が提唱した若年性一側性筋萎縮症の遠位型筋萎縮症に分類される疾患である。
近位型では多くは片側の三角筋萎縮、上腕二頭筋の筋力低下を認め、発症に先行して上肢帯に痛みを訴えることが多い、その後、脱力を生じる。
遠位型筋萎縮症は若年の男性に多く、片側の手内在筋や前腕尺側に筋萎縮を認め、疼痛やしびれを伴わない。2~3年で症状が固定する。遠位型は若年性一側上肢筋萎縮症(平山病)と呼ばれ、病態は屈曲脊髄症(flexion myelopathy)とされ近位型とは異なる。
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この方の場合には、まだ筋力低下がそれほど酷くなく、発症して2か月ほどのようなので、神経保護と保存的治療で改善の余地はあると考えて、その方の友人である私も良く知っている整形外科医にお願いをすることにした。
■左右の腕の太さが違う女性
ある日外来に、歩きにくいという訴えで30代の女性が来院した。詳しく話を聞くと、
「だいぶ前から気付いていたのですが、右と左で腕と足の太さが違っていて、力も細い左のほうが弱いみたいで、階段を上るときに足が引きずられるようになるんです。子供の頃は、少しでも長く歩くと足が痛くなった記憶があります。これって、なんか、病気でしょうか?あちこち病院に行ったのですが原因が分からないので知りたいと思って、今日は来させていただきました」という。
既婚のその女性は、食品会社に勤めていて、毎年の定期検診もきちんと受けていた。新卒で就職した健康診断で「肝機能異常」を指摘されていたが、特にそれについて医療機関を受診したことはなかったという。入社3年後の26歳時に、さすがに肝機能の異常値が続くので大学病院を受診することになった。
大学病院のデータでは、GOT35、GPT44、LDH98、CPK2953と筋疾患を思わせるものだったので、筋電図とそれに加えて筋生検が行われた。筋電図所見はmyogenic pattern、筋生検の結果は不明だが、ジストロフィン遺伝子の欠失はなかったという。結果的には確定診断まで至らずに、勤務も多忙であったためにそれ以上の診療は継続しなかった。
それから10年後、歩いていると左の膝が時々カクンと膝折れする、と近所の整形外科医を受診した。整形外科疾患、つまり骨・筋肉・靱帯の病気としては非典型的だと考えたその先生が、私のところに「神経内科的な疾患は考えられないでしょうか?」と紹介状を付けて送ってくれたのだ。
診察をすると、確かに上下肢の太さに違いがある。実際に計測すると上肢は約2cm、大腿部は約2cm、下腿は5cmの周径差があった。
しかし、大学病院で筋電図、筋生検まで行って確定診断がつかなかったものを、どうやって探っていったらよいのだろう、と悩んでしまった。こうした時に、現代の百科事典であるネット検索を私はよく利用する。しかし、ただ無暗に頭に浮かんだ言葉を入力すればよいというものではない。ネット検索をするのに大事なことは、うまくヒットするためのkeywordを作ることだ。それで私はこの状態を一言で表現するなら「Asymmetrical myopathy」だと考えた。早速Yahoo検索をしてみると、すぐにその言葉がヒットした。
そこから中に入っていくと、それはWashington UniversityのNeuromuscular divisionのまとめ資料のページだった。
デュシェンヌ型筋ジストロフィー症は男性に多く、女性は症状を出さないキャリアになることが知られているが、まれに女性でも症状が表に出る場合があるということが分かった。
何回かの診察を経て、こうした症例を多く持っている専門家の意見を聞き、遺伝子相談も出来る某大学病院の小児科医に遺伝子検索と経過観察をお願いした。症状がマイルドなので急激にADLが落ちることはないだろう。しかし、謎は解けても、彼女はその後が心配な患者の一人になった。
<参考資料>
1) 海外ドラマSherlock:http://bit.ly/2k6x4UX
2) A Doctor’s touch(神津 仁の名論卓説):https://www.e-doctor.ne.jp/c/kozu/1404/
3) 頚椎症性筋萎縮症(今日の臨床サポート): http://bit.ly/2k5mw8K