神津 仁 院長

神津 仁 院長
1999年
世田谷区医師会副会長就任
2000年
世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年
日本臨床内科医会理事就任
2004年
日本医師会代議員就任
2006年
NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年
昭和大学客員教授就任
2017年
世田谷区医師会高齢医学医会会長
2018年
世田谷区医師会内科医会名誉会長
1950年
長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年
日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)
第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年
米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年
特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年
神津内科クリニック開業。
9月号
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バイクと外傷 ~自然と向き合うモータースポーツ~

 バイク乗りというと、暴走族のイメージもあって、強面というか何か取っ付きにくい感じがしていた。しかし教習所で出会う若者たちは意外とフレンドリーで、ちょっと声をかければ気軽に答えてくれる人が多く、それは意外だった。中には「免許失効してしまって」と、悪気もなく答えてくれる若者もいた。何をやったのかは聞いてはいないが、若気の至りに違いない。取り直すというのだから、悪質な違反ではなさそうだ。白バイの警官に「もう一度出直してこい」といわれたのかもしれない。長髪でジーンズのその男子は、シミュレーターバイクの運転で意外な所でコケていたから、注意不足が原因かもしれない。安全運転が第一だから、再度自分の運転スキルを見直す良い機会かもしれない。

 最近は外国人の教習生も多いらしく、インストラクターは皆さん英語が話せるようだった。館内放送のアナウンスも流暢な英語で日本人離れした発音だったから、入職に際しては外国語が話せることが必須なのかもしれない。スタッフの中にはハーフと思わしい女性もいて、英語だけではなく、中国語でも対応が可能であるようだ。教習所、という特殊な環境の中に、国際化している日本の現実を垣間見た気がした。しかし、外国の教習生はとにかく落ち着きがない。あたふたとゼッケンをつけてグローブを落としたり、友人とダベッて肩や膝を動かしてはキョロキョロと目線が定まらない。日本の若者は大人しく落ち着いて教習が始まるのを待っている人がほとんどだった。こんな所でも意外と国民性が出るものだと面白かった。

コケる(転倒する)

 教習の最初の頃は、うまくバランスをとって400ccのバイクを動かすことが難しかったので、ちょっとした動作ですぐにコケた。230kgあるバイクを腕の力だけで支えようとするのでなかなかうまくいかない。バイクの胴体に自分の腰をつけて体全体でバランスを取るというのが本来の乗り方なのだが、体幹の筋肉が衰えているせいでそのバランスをうまくとることができない。教習が進むにつれてこの体幹の筋肉が鍛えられ、次第にバイクをうまく動かすことができるようになった。当然、教習を受けた次の日には体中が痛くなる。私は、早く卒業したい一心で教習所のスタッフさんにお願いをして出来る限り予約を入れてもらい、次の日もその次の日も教習を受けていたから、その痛みはずっしりと重く鉛のように全身の筋肉にとりついて、卒業するまでその感覚は抜けなかった。通過儀礼という言い方があるが、ある意味でこれがバイク乗りになるということなのだろうと納得した。

 コケるシチュエーションはいろいろあるが、まずはバイクを押していて右に車体が傾いた時だ。左に傾いたときには自分の方に重心が来るので踏ん張れるのだが、右に傾いた時には、バイクを手前に引っ張ろうとしても230kgの巨体はビクともせず、体ごと持っていかれて倒れこむ。私はこの時にタンデム用の足掛けに脛をいやというほどぶつけて軽い裂傷を負った。インストラクターに「大丈夫ですか?」と聞かれて「あっ、大丈夫です」と答えたが、じわりと血が滲み出るのが分かった。自宅に帰ってシャワーを浴びて患部を洗い流し、我が家に備品としてとってあったグラニュゲルを塗ってサランラップを巻いた。こんなところでも在宅医療のテクニックは役に立つ。

 初心者が難しいとされるクランク走行でもコケた。クランクにはローギアかセカンドギアで入り、半クラッチとリアブレーキを使って車体を傾けずにハンドル操作で90°の道を2回曲がるのが教習生に与えられた課題だ。最初の頃は、道路にいやらしく置いてあるパイロンに怯え、ニーグリップがしっかり出来ていないので車体が不安定になり、あっという間もなく転倒した。この時に、恐らく左手を路面に着いたのだろう、手首に痛みが走った。例の如く、インストラクターに「大丈夫ですか?」と聞かれて「あっ、大丈夫です」と答えたが、大丈夫でない感が半端でなかった。痛みを我慢しながら1時間の教程を終え、翌日レントゲンを撮ってみたが骨折はなかった。いろいろと調べてみると、どうもTFCC損傷らしかった。

TFCC損傷

 Wikipediaによれば、「三角線維軟骨複合体損傷(Triangular Fibrocartilage Complex injuries、TFCC損傷)とは、手関節の尺側に存在する軟部組織で、三角線維軟骨(triangular fibrocartilage、TFC)とその周囲の靱帯構造からなる線維軟骨-靱帯複合体である三角線維軟骨複合体の損傷のこと」とあった。原因は、「損傷の主要因は外傷である。靭帯の断裂は強い衝撃やその繰り返しにより起きるのは、他の部位に発症する症例と同じである。手首に起きることから、野球やテニスをやっている方には例外なく起こりうるという。また、転倒した際に手関節から転倒して靱帯損傷につながることもある。交通事故でも気が付かないうちに、外傷性損傷による靱帯損傷などを起こしている場合がある。手関節の酷使によっても同様なことが起こりうる。また、加齢による変性損傷によって発生することもある」と書かれていた。左手を回内回外させると、コツンという異音が聞こえるが、これは「遠位橈尺関節(distal radioulnar joint、DRUJ)不安定性は自覚的に手首内に発生するクリック音としてとして感知することが多い」と書かれているので、その通りなのだろう。

 外傷の救急処置ABC通り、「icing」して「compression」して「elevation」して様子を見たが、湿布を張っていると、目敏い患者さんは「先生どうしたんですか?」と聞いてくる。「いやぁ捻挫してしまってね」と苦笑いでごまかすのが大変なので、診療時間中には湿布は貼らないことにした。治療は手術になることもあるらしいが、腫れも発赤もなく、そのうち治るだろうと様子を見ていたら、3か月ほどして痛みは取れた。

卒業検定へ向かって

 5月6日から始めて、卒業したのが7月22日だから、11週間で免許が取れたことになる。当然、毎日の診療の終わりの7時40分からと、土日をほとんど使ったタイトなスケジュールは、68歳の高齢者にはつらい日々だったが、意外と若い人たちの中で一緒になって行う教習はことのほか楽しく、インストラクターも親切で、雨が降ろうが風が吹こうが、止めたいと思ったことは一度もなかった。止めたいとは思わなかったが、卒業の見込みが毎回遠のくような一時期、絶望を感じなかったわけではない。しかし、やり始めたことを途中で投げ出すのは嫌だし、自分の人生の中では退却という言葉はなかった。何度でもチャレンジして、最後は手に入れることが出来た人生だったから、その先を行こうと決めた。気持ちが変わると、運転のスキルも上達していった。駄目だと思った卒業検定に、75点で合格したのは、マイナス思考が吹っ切れたからだろう。しかし、実はその卒業検定の時期が酷暑の日々で、思いもかけないことが起こった。

酷暑という自然環境の中で

 一回目の卒業検定の時に、いつものようにジーンズを履いていったのが間違いだった。外気温は41℃。気温が38℃を超えると路面の温度は60℃以上になるという。当然、直射日光にさらされた車体も高温になっている。検定のバイクに跨って最初のカーブを曲がるときに、太ももの内側に痛みを感じた。バイクのガソリンタンクが直射日光で高温になっていて皮膚が焼けているようだった。こうなるとKnee gripが出来ない。ヘルメットの中の頭も熱でぼーっとして、運転どころではないのが分かった。案の定、クランクに入る時にセカンドに入れられずにクラッチを切ったまま立ち木に突っ込んでしまった。最後は何が何だかわからずに、スラロームをやった記憶もなく終了した。下の写真が私の内ももの写真だが、まさに低温やけどの状態だった。

 必死にクーリングをして、幸い跡も残らずに治ったが、バイクに乗るということは、運転技術もさることながら、自然環境の中で生身の身体をいかに守りながら安全に乗るかということも含まれるのだと知った。同じ受講生の若い男子も「これって低温やけどですよね」といいながらバイクを降りて来たから、やはりそれなりの服装で乗るべきなのだ。その後、バイク用の遮熱インナーのあるのを知って早速取り寄せた。このインナーのお陰で、最終的には炎天下の卒業検定でも、慌てずに落ち着いてバイクを乗りこなすことが出来て無事に合格した。後からいろいろとネットで情報を見ると、「38℃以上の日にはバイクに乗るな!」というのが一般的なバイク乗りの常識のようだ。炎天下では疲れも早いので、行程の中で十分に休憩を取ること、出来れば朝早くに出発して、日中の暑い時には休み、夕方涼しい時に帰るというスケジュールを作ること、など、ヨットや登山と同じく自然を相手にするモータースポーツであることを再認識した。四輪車のように身体を守られていないだけに、生身の自分と向き合い、自然をリスペクトしてそこで遊ばせてもらうための準備をすることが、安全で楽しいライディングをすることに繋がるのだろう。そこに一歩近づけたのは、私が高齢者であり、医療者であったからかもしれない。

検定に合格するために

教習所の教習は、最終的に卒業検定のレベルに達するスキルを教習生に叩き込むためのものだ。一つ一つが実際に路上で必要な運転技術とマナーだから、これをクリアすることで、バイクを運転しても良いという認定を頂いたことになる。私が検定時に必要な注意点を書き留めたので、蛇足になるかもしれないが書き記しておきたい。

  1. まずは安全確認。目視で後方確認を。確認したら乗車。キーをオンにしてエンジンをかける。後方確認して発進。横断歩道を越えたら右折信号。
  2. 交差点の真ん中を曲がる。星印は直ぐそばを通る。前輪が触っても良い。short cutにならないように。安全なら遅滞なく進行。
  3. 縁石近くを丁寧に曲がる。膨らまないように。
  4. クランクは大きく回り、クラッチを切る。ハンドルを動かし身体は傾けずに曲がる。後輪ブレーキと半クラッチをうまく使う。目線は少し遠くを見る。
  5. S字は身体を傾けてゆったり回る。
  6. 坂道発進は後方確認して、頂上に来たら徐行して下りる。
  7. 交差点の白線は踏まない。少し手前で止まる。3秒止まったらもうすこし先に出る。
  8. 急制動は、40kmになったら、コーンの手前バイク二つ分くらいでアクセルを戻し、コーンの位置で、手足両方のブレーキをかける。足4手6くらいの力配分をする。乾いた路面では11m二本目の線で止まる。雨の時は13m三本目。
  9. 平均台:1mくらい手前から発進して良い。頭を前に!肩の力を抜いて、knee grip!アクセルを戻すと同時にすぐにクラッチを切る。目線は少し遠くを見てハンドルをこまめに動かしてバランスを取る。速度が落ちたらクラッチをつなぐ。
  10. スラロームは、アクセルはそのままで、コースどりを優先に。
  11. 最後は左ウインカーを出して、右後方確認し、ポールの横に白線から離れて停車。ニュートラルに戻して、エンジンを切って、後方確認して降車する。白線を踏まない。
  12. 後輪ブレーキをうまく使う人ほどうまく走る。前輪ブレーキをかけると右足がつきやすくなる。出来るだけ後輪ブレーキを使う。カッコよく乗る。

<資料>

1) CB400SB立ちゴケ集
http://bit.ly/2nCRXvn
2) 三角線維軟骨複合体損傷
http://bit.ly/2OtRsio
3) Triangular fibrocartilage
http://bit.ly/2vCEx71
4) YAMASHIRO遮熱インナー特集
http://bit.ly/2OAbCY8

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