神津 仁 院長

神津 仁 院長
1999年
世田谷区医師会副会長就任
2000年
世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年
日本臨床内科医会理事就任
2004年
日本医師会代議員就任
2006年
NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年
昭和大学客員教授就任
2017年
世田谷区医師会高齢医学医会会長
2018年
世田谷区医師会内科医会名誉会長
1950年
長野県生まれ、幼少より世田谷区在住。
1977年
日本大学医学部卒(学生時代はヨット部主将、運動部主将会議議長、学生会会長)
第一内科入局後、1980年神経学教室へ。
医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。
1988年
米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)
1991年
特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。
1993年
神津内科クリニック開業。
10月号
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クルーズ客船(コスタ・ネオロマンチカ号)搭乗記 I

 心身ともに健康な若者は疲れを知らない。長時間現地のおんぼろバスや列車に乗っても平気だ。世界中の若者がバックパック一つ持って、多少の危険は承知の上で世界を見て歩く。それが延いては人生の糧となり、彼ら彼女たちの血となり肉となって将来の人生の成功に結び付く。その後大いに働いて、ある程度の成功をおさめ、社会的な責務から解放されるold ageになったら、今度はクルーズ客船で世界各地の港々を夫婦で訪れるのが、欧米の退職高齢者にとっては一般的だ。アメリカ留学をしていた時に、マイアミの埠頭に何叟もの大型客船が停泊していて、日本では見ない光景に圧倒された思い出がある。

 ここ数年、外来診療中に患者から、クルーズ客船での旅行の話を聞くことが増えてきた。シンガポールで菓子工場を経営しているA氏は、夫婦で世界一周をしたと聞いた。1年間の旅行費用は二人で1000万円近くかかったという。
「しかしね、ずーっと船に乗っているのは、私にとっては監獄に入っているような気がしてましたよ」
「中にはね、何人も車椅子のすごく年とったのがいるんですよ。何かと思ったら、どうも老人ホーム代わりに世界一周クルーズ船を使ってるんですなぁ」
「だって、手取り足取り笑顔のスタッフが誠心誠意ケアしてくれるでしょう。食べるものは美味しいし、若い美男子、美人がちやほやしてくれるんだから、上機嫌ですよ」
「航海が終わっても、一度陸に上がって、またたくさんの荷物をもう一度持ち込んで次の世界一周に出るらしいですよ」などと教えてくれた。

 レンズ研磨の会社を経営している方は、いつもヨーロッパに飛行機で飛んでから地中海や北欧のクルーズ船に乗るという。Queen Elizabethにも乗ったと自慢していた。しかし、あるクルーズ旅行で隣の客室のお客が熱を出して下船したと聞いた翌日、その方も夫婦ともに発熱し、早々に飛行機で帰国して神津内科クリニックを受診した時には、簡易テスト陽性のインフルエンザA型に罹っていた。クルーズ船に乗るというのも、それなりにいろいろあるのだ。

コスタ・ネオロマンチカ

 今年の夏休みはどうしようかと考えていた時に、患者として来ている上品な高齢女性が「今度は函館とロシアを回るクルーズに行ってきます。前回のウラジオストックも良かったですよ」と楽し気に話してくれた。「それ、どんな船ですか?」と聞くと、「コスタ・ネオロマンチカっていうイタリアの船です」と教えてくれた。インターネットで調べてみると、5泊くらいの日程で、ちょうど我々夫婦にも時間的・経済的にも乗船可能なクルーズ客船だと分かった。公海上に出る際には国境を超えること、このクルーズでは韓国の釜山港に入港することから、パスポートが必要だ。とりあえず期限内のパスポートがあるので、予約を入れた。

 コスタ・ネオロマンチカの就航は1993年で、奇しくも私のクリニックの開業と同じ年だから、もう26年間も世界中を回っていることになる。資料によれば、2012年に完全にリフォームして今の新しい仕様になった。総トン数は57,150t、全長220.6m、最大幅30.8m、乗客定員は1,356人、エレベーターを8基備える巨大な船は、丸の内のビルに匹敵する。船を動かし、ゲストに多種多様なサービスを提供する乗組員は総勢610人。船長以下重要な役職を担うスタッフはほとんどがイタリア人で、診療所に勤める二人の医師もイタリア人だった。ウェイター、ウェイトレス、ハウスキーピングやデッキ部門、調理やロジスティックス部門はほとんどが白人以外のフィリピン、インド、インドネシア、などの東南アジアのスタッフだ。一つの小都市がそこにはあって、保育や美容、カジノスタッフやエンターテイメントショーの出演者や聖職者もナースも乗せて、その巨体は巡航速度18.5ノットで航行する。

 夏休みを少し後半にずらして、出来るだけ診療に影響のないように日程を決めると、福岡の博多港からのクルーズ旅程となった。

搭乗

 羽田空港から福岡空港に飛んで、クルーズターミナルにタクシーで着くと、韓国、中国、英語圏、スペイン語圏、ロシアなど、思ったより様々な人種の人達が出発を待っていた。パスポートと搭乗券を持ってターミナルから船へのアプローチへ向かうと、巨大な船体が山のように我々を見下ろしていた。出国管理官が書類のチェック。船にかけられたタラップを渡る前に、今度はイタリア国籍の船に乗るための入国審査で、インド人らしき大きな係官がジロジロとパスポートと顔を確認して、無言のままOKという仕草をする。船内に入って5〜6歩の所で、コスタカード(以下の写真)という「船内ゲスト管理システム」に使うための写真を撮られた。

 コスタカードは、ホテルの客室と同様に船室のカードキーとして用いられるほか、キャッシュカードとして使うことができる。レストランでもバーカウンターでも、買い物をする時にも、このカードを提示してサインをする。コスタカードは船内ではオールマイティのカードだが、使用前にキャッシュカードの情報を転送するか、または100ドル以上の単位でデポジットをすることが必要だ。私はとりあえず日本円で5万円をデポジットすることにした。またこのカードの裏にはIDとバーコードがつけられていて、下船・乗船する際にスタッフが持っている端末でスキャンをして本人確認をするのに用いられる。1300人ものゲストが、寄港先でツアーに参加したりショッピングや観光をするのだ。一人積み残しても大問題だし、船から落ちたら探すことは到底無理だ。誰一人見失うことなく最後まで楽しいクルーズをしてもらうためには、陸地での移動とは異なる厳重な管理が必要となる。時間についても厳格だ。我々のdinner time は5時と決められていて、5時半を回って慌てて行ったら、指定されたレストランには入れてもらえなかった。

防災訓練

 タイタニック号は当時不沈船といわれた。戦艦大和も不沈戦艦といわれたが沈没し多くの犠牲者を出した。タイタニック号は氷山と衝突した事故、戦艦大和は戦闘機による爆撃だから避けようがないといわれそうだが、想定を超えた所に悲劇は潜んでいる。それを回避するには、毎回繰り返して行う訓練以外にない。訓練は毎回緊張感を持って行われ、常に的確な指示が出されること、そしてその指示に従う側の理解と服従が必要だ。

 寄港地毎に初めての乗客が搭乗してくるので、当然毎日同じ訓練が同じ時間に繰り返される。客室のテレビでも、繰り返し防災訓練のドリルについての解説が、英語、イタリア語、日本語、韓国語で流されている。もちろん、防災訓練だけではなく、船内での様々なルール、施設の利用方法、搭乗から下船までの重要なポイントを繰り返し教えられる。

また、毎日船内新聞「Today」が配布され、その日の催し、ドレスコード、イベントのタイムスケジュール、気をつけるべき重要事項について詳細な説明がなされる。我々でも直ぐにcatch upするのが難しいのだから、ご老人たちは大変だろうと思うのだが、そこはホスピタリティあふれるクルーがどんなことでも親切に対応してくれる。我々の船室担当クルーはBerno君というとてもfriendlyなインドネシア人だった。

医療部門の専門職

 コスタ・ネオロマンチカのリクルート案内を見ると、驚くほど多くの職種がクルーズ船に乗り込んでいるのが分かる。医療部門については、主任(上級)医師、医師、ナースプラクティショナー(NP)、正看護師(RN)、救急救命士といった職種を雇用し、航海日程や地域、クルーズ船の乗客数やクルーの数といった規模に応じて適正な人員を搭乗させているようだ。通常は、2人の医師と2〜6人の正看護師で構成されている。

 ワールドクルーズまたは遠隔の旅程を行うクルーズ船では、外科スタッフチームと歯科医が乗るのが一般的だ。すべての医療スタッフは、少なくともBLS(Basic Life Support=一次救命処置)およびACLS(Advanced Cardiovascular Life Support=二次救命処置 )の認定を受けており、緊急時の救命措置が行える。その重要性から、特権としてすべての医師と看護師には個室が与えられ、配偶者の同伴が許されると書かれている。

 クルーズ船にゲストとして乗るのはもちろん楽しいが、医療オフィサーとしてクルーズ船を職場にするのはもっと楽しいかもしれない。私が若ければチャレンジしてみるのだが、惜しいことにもうそろそろ人生の賞味期限が切れかけている。我々の若い時にはクルーズ船など日本人が簡単に乗れるものではなかったし、そこにどんな職種があるのかも全く知らなかった。今の若い医師なら、医療オフィサーを目指して、総合内科、外科、麻酔科、小児科、婦人科、ERを経てアプライすることも可能だ。是非とも挑戦してもらいたいものだ。

<資料>

1) Miami’s community newspapers
http://bit.ly/2KRo3yu
2) コスタ・リカネオロマンチカ
https://guide.mwt.co.jp/cruise/ship/costa_neo_romantica/
3) Cruise ship job
https://www.cruiseshipjob.com/costa.htm
4) 医療部門
https://www.cruiseshipjob.com/medical.htm

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