ドクター転職ショートストーリー

今のままでは今のまま(上)

2005年05月01日 コンサルタントU

「そう聞かれると表現しづらいんですが…」転職にあたっての希望条件を尋ねる私の質問に、電話の向こうでS先生の歯切れは悪かった。「うまく言えないんです。今の勤務先は自治体病院で、経営面や福利厚生面は心配ないですし、オペの症例数も決して少ないわけではない。スタッフも今の時勢を考えたら、十分満足と言わざるを得ない。ただ、『閉塞感』と言うか、『このままでいいのか』という気持ちが日ごとに強くなるんです」
S先生は国立大卒40代後半の外科医で、今の病院での勤務は8年目になる。たしかにS先生の言うように各病院が医師不足に喘ぐ中、スタッフも症例数も満足と言える病院は、たとえ都心部であってもそうあるものではない。
「私の悩みなんて贅沢かな、とは思うんですよ。でもね、こういう気持ちは私ぐらいの年代のドクターにしかわからないでしょうね」
もう少し詳しい話を聞く必要があると感じた私はあらためて面談のアポイントを取り電話を切った。
数日後、待ち合わせ場所に現れたS先生は、私と会うことにあまり気乗りがしないというか、「会っても何が解決するわけでもない」というような表情だった。

私は、こう切り出した。「先生、先日『閉塞感』という風におっしゃっていましたが、今の40代~50代のドクターは多かれ少なかれ、皆さん同じ気持ちを持っておられるようですね。医療費の削減というスローガンの下に診療報酬のマイナス改定や薬価差収益の圧縮が行われ、『20年勤めたらあとは開業』という選択も、昔ならともかく今はリスクもあるでしょう。外科の領域は内視鏡の進歩などによってどんどん症例が減っているようですし、臨床研修制度の導入によって医局が派遣医師を引き上げると、一般病院は悲鳴を上げ、大学は大学で医局のピラミッドも崩れている。こんな中で、『これまでに培ったスキルを活かして、より高度な医療に取り組んでいこう』とか『指導医として若手を育てていこう』という気持ちになんてなるはずありませんよね。医療の改革とは言いますが、私たちの目にも誰も得をしないシステムになりつつあるように見えますね」
きょとんとしたS先生の顔が印象的であった。「まさにそうなんですよ。日常の中でのぼんやりとした不安なんです。やっぱりそういう風に考えているドクターって多いんですか?」
S医師の顔が少し明るくなった。

次へ続く

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