ドクター転職ショートストーリー

新規診療所立ち上げプロジェクト(中)

2006年10月15日 コンサルタントT

 確かに検診業務や健康相談は「医師」だからこそできることではある。しかし、A先生の元にやって来るのは病を治したい、病と闘っていこうという人ではない。再出発を決心した本来の目的である「患者の心に真摯に向き合っていく」ということは真の意味では果たせていないのかもしれないと考えられた。
50代での転職は、医師といえども決して容易なことではない。しかし、穏やかなA先生の眼差しには強い決意の色が感じられた。 A先生は転職先を選択するにあたり、通勤1時間以内の範囲で、当直なしの週5日勤務を希望するとの事であった。この希望を適えるとすれば、おそらく療養型病院や診療所、または老健という選択になるであろうとA先生は認識されていた。
しかし、私は「ゆとりある勤務」をA先生は一番には求めていないと感じた。求めているのは「医師としてのやりがい」である。私はA先生の再出発に是非とも花を添えたいと強く感じた。

 その頃である。高齢者医療に力を入れている150床の療養型病床を持つB病院から依頼が入った。新規診療所を立ち上げるので院長候補の先生を求めているが、なかなか候補の先生が見つからず苦戦しているとのことであった。また着工はもうすでに始まっており、これでは12月開院に間に合わないかもしれないと非常に危惧されている様子であった。 私はいつものように依頼内容をヒアリングしていたのであるが、設立予定の地名を聞いた瞬間、運命を感じた。それは偶然にもA先生のご自宅から車で30分程度で行ける場所であったのだ。それにA先生であれば、ご経歴お人柄共に十分に自信を持ってご紹介できる。

『これはうまくマッチングできるかもしれない』
私はそう強く確信した。

私は、早速A先生にB病院の案件を打診した。しかし、A先生はどことなく煮え切らない面持ちで私の話に耳を傾けていらっしゃった。
 そしてしばらくの沈黙の後、困ったような表情でこのようにおっしゃった。

『診療所、しかも院長となると…僕自身務まるかどうか…』

次へ続く

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