『外科医としての夢』(上)
2007年12月15日 コンサルタントK
その日、とある駅の改札口で私は立っていた。昨日お電話を頂いたS先生との待ち合せのためである。
季節は5月初旬。新緑の鮮やかさ、吹く風の爽やかさとは無縁な電話の重く沈んだお声を思い出していた。
「とにかく急いで仕事を探したい。時間が無いのです・・・」お話を伺おうとしたものの詳細は面談の際にとのご依頼。早速お会いすることになったのだ。
いざ、お会いしてみるとS先生は34歳という年齢にしては随分とお疲れのご様子であった。ただ、それは単に日々のご勤務によるものではなさそうに感じた。
喫茶店に入り、あらためてお話を伺ったところ・・・
S先生は埼玉県のご出身。関西の私立医大をご卒業後、関東に戻り某大学の外科へ入局。外科を選ばれたのは、やはり外科医であった亡きお父様の影響。S先生にとってお父様は幼い頃よりの自慢で、医師としても尊敬の対象であったとのこと。
希望に胸を膨らませて医師としての人生をスタートさせたものの、医局から派遣された病院は、およそ外科医としての研鑽が出来る環境とは程遠い施設。その後、医局人事で2度勤務を変わられたのだが、やはり手術症例も無く鬱々とした思いの日々が続くことになる。
2年前、手術の腕を磨くことができる施設を求めて民間病院へ転職。あちこちの病院のホームページを見て、自ら探されたとのことであった。
通勤の便が悪いことも給与が安いことも、全て承知の上であったという。とにかく手術の経験を積むことが出来るという誘い文句に心を惹かれてのご選択であった。
しかし、その病院も昨今の医師不足による患者数減少と、病院の方針転換で手術件数は激減。実際、この1年間はメスを握る機会も無かったとのこと。
病棟管理が職務となり、すっかり夢も自信も失いかけていた矢先、その病院は改築を契機に全職員に対して20%以上の給与カットを通告してきたという。さらに、悪いことは続くもので、お母様が病に倒れ介護が必要となってしまう。
住み慣れたご自宅も改造せねばならなくなり、元看護師であった奥様も幼いご子息を保育所に預けて働きに出ることとなった。
「もう手術は出来なくても良い。内科へ転科しても良い。先ずは経営基盤のしっかりした病院で安心して勤務したい。家族のために費やす時間も欲しい。」ここまで話されてS先生はもう一言付け加えられた。「でも本音を言えば、外科医としての夢も捨てたくはありません。」
S先生の訴えは私の心に突き刺さった。