ドクター転職ショートストーリー

『天の配剤』(上)

2008年05月15日 コンサルタントS

 年明け、出社した自分に幾枚かの年賀状が届いていた。毎年、入職された先生方からの近況報告を兼ねたものがほとんどだったが、そのうちの1枚で手が止まった。文面には笑顔の先生がスタッフと一緒にVサインしている写真が印刷されている。ちょうど半年ほど前に入職なさった先生からであった。添えられている文章から順調な仕事振りが伺える。思わず自分の頬が緩むのを感じた。

「勤務先を是非紹介して欲しいのですが」というメールが届いたのは、昨年の初夏だった。すぐに返信して最初の面談の約束をして、実際にお会いしたのはその2日後。新宿の喫茶店だった。
 その先生、M先生は40代後半の背の高いラガーマンのようなスポーツマンタイプであったが、自分の目の前で背を丸めて小さくなっている様子は熊が冬眠しているかと思わせるほどであった。
 状況を伺っていくとその理由もはっきりしてきた。勤めていらっしゃった医院が院長の放漫経営で不振に陥り、多額の負債を抱えて閉院することになったとのこと。院長も事務長も行方不明になっており、事後処理を担当することになった弁護士事務所から突然債権者集会の案内が送られてきたそうだ。債権処理が終わっても医師・スタッフに支払われるべき当月の給与はほとんど出すことはできないだろうと債権者集会で弁護士は説明した。更にその医院が借り上げてくれていた社宅からも早々に出なくてはならなくなり、職だけでなく住む家までも失うことになってしまったが、M先生が一番心を痛めたのは治療途中の患者さん達のことで、紹介状を書くこともできず、申し訳なさでいっぱいだったそうだ。
 突然の事態に呆然となっていたM先生はその医院を紹介してくれた紹介業者にも連絡したが、「そうなんですか、困りましたね」などという呑気な対応に怒る気力もなくなり、電話を切ったという。

 紹介業者に対して不信感を持ったはずのそのM先生がなぜ弊社に紹介して欲しいと電話してきたのか。
 ネットで求人情報を探していた折、弊社の求人サイトの地域医療特集で、以前M先生が住んでいた地域の医院が掲載されているのを見つけて、土地勘もあり、懐かしさも手伝って、どうせだめもとでと考えて電話をされたとのこと。
 ならば、まずはM先生に弊社を信用していただくことが第一と考え、行動を開始した。
 M先生が希望された医院に連絡を取って求人内容を再確認して、それからM先生のご希望と照らし合わせて紹介可能と判断した。スケジュールを調整して面接に辿り着いたのはM先生との面談から5日後のことだった。

 面接の時間が夕刻だったこともあり、食事をしながら至極穏やかにM先生の面接は始まった。先方の院長先生の熱心な問いかけにM先生が応えているのを見て、これはいいご縁かもしれないと感じた。面接は2時間くらいで終了し、後日お返事をと院長先生から承った。M先生も手ごたえを感じたようで、大変お喜びであった。
 その2日後、先方の院長先生から電話が入り、結果が伝えられた。が、それは残念な結果だった。時を同じくして別の紹介業者からも医師を紹介されており、今回はそちらの医師を採用することになったとのこと。どちらの先生にするか院長先生も迷われ、事務長らの意見も聞いて判断されたそうだ。
 連絡を受けたM先生の体はまた一回り小さくなってしまった。
 自分が焦っているのを自覚した。M先生が社宅を出るまでもう日がなくなってきたのだ。

次へ続く

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