理想の実現(上)
2009年4月15日 コンサルタントK
突然、A先生から1通のメールが届いた。
半年前にA先生へ近況を伺うために送ったメールの返事であった。
そこには、転職を希望する言葉が添えられていた。
A先生は、3年前に他の人材紹介会社を介し、T病院へ入職された。
しかし、T病院は医師数が少なく、入職前に決定した条件とは異なる、ハードな勤務で働かれていた。A先生は医師として医療に携わる一方で、休みの日にはボランティア活動に参加されていた。ところがT病院の勤務では、全くそれが出来ないというのだ。
A先生は、52歳で関東の国立大学を卒業後、地元の関西に戻られ消化器内科医として働かれていた。
幼少の頃に後天性の感音性難聴に罹られ、医師になった時には既に補聴器なしでは耳が聞こえない状態であった。医師として勤務することは無理だと周囲からは言われていた。コミュニケーションをとるのが困難なのは医師として致命傷であり、研究に専念してみてはと上司からも提言されたという。しかし、医師としての夢があったA先生は、患者様と関わることの出来る臨床の道を選ばれた。
そしてA先生は補聴器をつけた状態で、患者様と接してきた。
最初は患者様とコミュニケーションをとるのは容易ではなかったが、A先生の努力が実り、今では1日50人以上の外来患者様を診察されている。
返事が届いてから一カ月半後に、面談の機会を頂いた。
冒頭に、A先生に一つの質問を投げかけた。
「A先生は何故医師になろうと思ったのですか?」
一瞬の間を置いた後、A先生は嫌な顔せず、にこやかに話された。
「幼小の頃、祖母が病気で自宅に寝たきりでした。毎日のように医師が往診に来てくれたことを覚えています。祖母は家族の前でいつも不機嫌で、あまり笑顔を見せてくれなかったのですが、その医師が往診に来ている間は、いつも笑顔だったのです。そんな光景をみて、医師は人々に笑顔と希望を与えるのだと幼心に思いました。
私も医師になって人々に笑顔と希望を与えたい、そう思ったのがきっかけです」
今の勤務先で患者様のために費やす時間は惜しくないが、ボランティア活動にもっと時間を注ぎたいという想いと、歳を重ねるうちに自分のやりたいことをさらに実現したいという想いがA先生の中で強くなっていた。
先生の理想を実現すべく、私は転職先を探すために希望条件を確認した。
①週4日以内の勤務であること
②当直なし
③外来・病棟回診時に看護師の補助を充分に受けることが可能であること
この条件をクリアするために、医療機関の条件を考えた。
①常勤医師が充実し、医師に対する配慮が行き届いている
②大学医局の派遣に頼らず医師確保に積極的に取り組んでいる
③組織として医師、コメディカルの連携が取れている
④約束を守ってくれる
以上を前提条件として、翌日から求人を探す日々が始まった。希望条件をクリアすることは最低ラインである。また勤務開始後に約束を全うしてくれる医療機関でないと意味がない。条件が複雑でなかなかクリアできない日々が続いた。
時には、求人を探すことすら出来ない日もあり、焦りだけが先行してしまう。
そんな中、A先生は「ゆっくりと時間を掛けて貰っていいから」と優しい言葉で、私を励ましてくださった。その言葉が力を与えてくれた。