ドクター転職ショートストーリー

地域偏在の解消に向けて(下)

2009年10月1日 コンサルタントT

 翌日、先生とのやりとりを説明するため、M病院のA事務長に電話した。K先生との話を伝えたところ、事務長は少しがっかりされた声で「やっぱりか」と答えられ、間髪を入れずに「群馬となると、なかなか先生が来てくれないんですよ。医局からの派遣も不確実ですし・・・。そういった背景もあって、今回紹介会社を頼ってみたんだけどね」とおっしゃった。私は今更ながら、この地区の医師不足の深刻さと、地域偏在という問題を感じた。

 私は、このやりとりの中で、たとえK先生でなくとも、どうしてもM病院に医師をご紹介したいと強く思うようになった。
 地域偏在が解消されない以上、このような要望は今後さらに増えると予想される。2004年に新医師臨床研修制度が必修化されてから、地域偏在が表面化し、地方では大学が医師を確保するため、関連病院から医師を引き上げている。

 私は事務長に提案した。「当初トライアルという形で勤務していただき、その間に先生に判断してもらってはいかがですか?」A事務長は少しびっくりされて「どうして?」と聞かれた。私は答えた。「通常トライアルというのは、医療機関の業務が特徴的な場合や面接だけでは判断できかねる場合などに用いられますが、トライアル勤務を行うことにより、先生にM病院をよく知っていただくこともできますし、病院側も先生のことがよく分かると思います。面接というと、先生も決めなければならないという切迫した思いにもなりますし、先の予測がつかないと安易に断られる可能性があります。そこで、トライアルを利用し、お互いの思いを伝えていただければと思います。K先生もトライアル期間中に判断すればよいわけですから、安易な決断を避けられます。また、先生の能力を実際に見ていただけるので、どのような応対が取れるかという部分も明確にすることができるのではないでしょうか」
 するとA事務長は「その内容で話しても構わないので、来てもらえるよう交渉してください」と言われた。

 早速、K先生に連絡をとり、A事務長との内容を伝えると、「そんなことできるの?トライアル期間中に人間関係ができてしまったら断りにくくない?」と聞かれた。「もしそうなった場合でも私が間に入りますので、大丈夫です」と答えた。すると「トライアルを受けますので、A事務長さんと面接日を決めてください」とのご回答をいただけた。

 数日後、面接の日を迎え、病院の前で少し早めに待ち合わせをした。K先生とお会いし、挨拶を交わした。K先生の緊張をほぐすように、私は雑談を始める。K先生の緊張も解けてきたので、M病院について感想を聞いてみた。K先生は事前にM病院をお調べになっており、「病院の方針も大変気に入っている。建物も綺麗だ」と好印象であることを話された。ただ、群馬というのが引っかかると改めて私に漏らされた。

 K先生と受付に行き、A事務長とお会いし、応接室に通された。一通りの挨拶を終え、席に着いた。K先生が自己紹介を終え、事務長が病院の紹介を始めた。トライアルの内容と日数などの詳細を決めていき、面接で話さなければいけないことは全て終了した。これで終わりかなと思ったとき、A事務長が雑談を始めた。K先生もA事務長と気が合うようで話が盛り上がっている。通常面接は30分位で終わるが、この時点で1時間は経過している。すると、A事務長が先生に質問をされた。
「群馬という場所はいかがですか?正直、抵抗ございますでしょ?」いきなり核心の部分を聞いてこられたので、私はびっくりした。K先生の方を見ると、リラックスした表情をされており、「正直に言いますと、群馬には抵抗あるのが本音です。ただ、その他の働く環境にはすごく満足しています」と答えられた。それを聞かれたA事務長が「できる限り、先生のご要望に近づけるよう努力します」とおっしゃったところで面接が終了した。
 事務長と別れたあとK先生に改めて感想を聞いてみた。K先生は「事務長さんとも気が合うし、かなり感触は良かった。地域的な部分も話題に出たのが良かった。会話に出されず、流されると思っていたが、きちんと話題に取り上げてもらったので安心しました」と答えられた。

 数日が経過し、トライアル最終日にA事務長から連絡があり、K先生の気持ちを聞いてもらえないかと依頼を受けた。それ以前に一度、先生からは連絡を受けており、「病院内の環境も大変良く、群馬に行くことを決意してもよいか、考えながらトライアルを行っています」と連絡を受けていた。
 私はM病院のメリットを再度整理し、K先生に交渉する準備を整えて電話した。緊張しながらK先生と話を始めた。病院の印象、人間関係などを話し、結論を聞くタイミングを見計らっていると、K先生から「行くことに決めました」と先に切り出された。私は、思わず聞き直した。「群馬でよろしいですか?」するとK先生は私に理由の説明を始めた。
「勤務日数も4日で承諾してもらった。交通費も特急料金をいただけるので、自宅から通える。他の先生方も感じがよく、能力的にも勉強になる事が多い。私でよければ、M病院のお役に立ちたい」と言っていただき、最後に「今回は本当にお世話になりました」と感謝の言葉をいただいた。

 当初は勤務日数が週5日、年収1,200万円、院内・院外健診、交通費込みの求人だったが、結果として、勤務日数週4日、年収1,200万円、勤務内容が院内健診のみ、交通費別途(特急料金含む)の待遇で決定した。

 今回のケースで何よりも嬉しかったことは、地域偏在に悩む医療機関に医師を紹介できたことだ。今後も、こういう求人は増えてくると思う。そのときには、高待遇のところのみをピックアップし、提案していくのではなく、偏在という社会的な問題を踏まえ、「病院、医師の双方へ、どのような提案をすれば偏在という問題を解消できる」に注力することが重要ではないか。解決するためには、双方から信頼を得られるコンサルティング力が必要不可欠となると思う。今後も今回のケースを念頭に置いた提案をしていきたい。

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