ドクター転職ショートストーリー

信用と信頼(下)

2009年12月1日 コンサルタントH

最後に先生から連絡を頂いて、10日ほど経ったある日、K先生から私宛に連絡が入った。
「相談に乗ってほしい」とのことで、K先生はH病院に決定されたはずなのに、どうされたのだろうかと不思議に思った。
「こんな相談ができるのはHさんしかいない。何とかなりませんか」と、少し興奮気味に話が始まった。「最初に提示された条件と実際に契約する条件が異なっているんです。なぜ、そのようなことが起こるのか、教えてほしい」という内容で、私は状況を把握するため、先生にできるだけ詳しく内容を聞いた。
この事態の引き金になった原因は、間に入ったコンサルタントの確認ミスによる契約内容の不一致だと分かった。しかし、K先生はこのまま入職することは難しいとおっしゃる。「できれば、もう一度N病院へ面接の設定をしていただけませんか?」との声に私は耳を疑った。

1週間後、「申し訳ございませんでした。この場を作っていただいたことに深く感謝しております」というK先生からの謝罪でスタートした面接は、今までにない緊張感に包まれたものだった。本来、面接の場に同席させていただく私達コンサルタントの役割は、面接をスムーズに運ぶため、時には進行役を、時には先生をサポートするものである。
しかし、今回のケースは理事長のご理解とご了承を頂くため、K先生がご自身の言葉で話をしなければならないというケースである。そこにコンサルタントが介入すれば新たな誤解を生む可能性があったため、私は面接に介入せず、同席するのみという選択をした。
K先生がこれまでの経緯、それに伴う心境の変化、今の気持ちなど、切実な思いを話された。静寂した理事長室に先生の声のみが響く。重苦しい雰囲気が続く中、理事長は時折、瞑想し、あるいはK先生を凝視しながら、K先生から発せられる言葉に何かを思慮されていた。そんな理事長の動作一つ一つを、私は固唾を呑んで見つめていた。
重苦しい雰囲気に少しずつ変化が表れたのは、面接がスタートして十数分が経過した頃だった。徐々に理事長の顔から険しさが解かれ、少しずつではあるが、理事長のいつもの穏やかな表情が見え始めたのだ。K先生の誠意が伝わった証だと容易に推測できる変化だった。
そして理事長から「状況は理解しました。こちらの気持ちは変わっておりません。条件面の変更もございません。年俸は1,600万で週4.5日勤務。当直はご家族のことがありますから、状況に応じて勤務して頂きます。今のそのお気持ちがあるのであれば、是非当院に来ていただきたいと考えております」とのお言葉をいただいた。

一度失ってしまった「信用」ではあるが、それを取り戻すことのできた先生の「熱意」が理事長の「人格の寛大さ」と合わさり、採用という結果を残した。この結果はこれまでの重苦しさを一蹴するには十分すぎるもので、一瞬にして安堵と笑顔が入り交じった和やかな雰囲気に様変わりした。

このK先生の面接は、その後も頻繁に思い出すほど、私に強い印象を残した。私達コンサルタントは人と人とを繋ぐ架け橋であり、転職という人生の大きな岐路の見届け人である。私は今も自分の仕事について、「誰かの役に立てただろうか、私の存在価値を実感してもらっているだろうか」と自問自答する日々を送っている。

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