ドクター転職ショートストーリー

肩書きのない世界へ(上)

2010年3月15日 コンサルタントM

東京都内にある私立大学附属病院の准教授から依頼を受け、待ち合わせの場所であるEホテル内のティーラウンジに向った。
55歳のA先生、整形外科医を絵に描いたような男らしい体格で、スマートにスーツを着こなし颯爽と歩いて来る姿を見ると、とても転職の悩みを抱えているようには見えなかった。

挨拶を終え、早速相談の内容を伺ったところ、大学からそのまま医局に残り、准教授として大学病院で1日50人の外来や難しいオペをこなす毎日。そんな中、教授選を巡って医局内で内紛が勃発した。
怪文書が出回り、裏切り行為が横行し、何故か他人の銀行口座が公表され、まるで白い巨塔さながらの事態である。さっぱりとした性格のA先生は紛争に巻き込まれるのはまっぴらご免だという。
A先生から「負ける事が決まっている選挙戦の結果を見届け、患者さんの行き先の目処が付けば自分は退職する事を決意しているので転職先を探して欲しい。」

「A先生ほどのドクターであれば顔も広いし、ご自分の人脈でお探しになれるのではありませんか?」と、私は率直に疑問を投げかけた。
すると「大学のしがらみが無い横浜の自宅近くに勤務して、家族との時間を大切にしたい。娘もまだ小学生だしね・・・。それから、大学の給料は安いからこの際年俸も人並みに貰えたらいいなぁ・・・と、思ってね。」と、正直な気持ちを語ってくれた。また「オペは出来ますが、積極的にやりたいという訳ではないです。今もたくさんやっているので、あればやっても別に構いません。」50代を過ぎた外科系のドクターは口を揃えて同じような事を言われる。これまでよりも少し楽な気持ちで仕事がしたい様子であった。
それと、A先生から出された絶対条件は1つだけ「次に働く病院の院長が、国立B大学出身ではない事」だった。

私は、いつもドクターに病院をご紹介するにあたって必ず次の事を伝えている。
「ご紹介する病院を選ぶ際『この病院は先生にとって居心地が良い病院であるかどうか』を最優先に考えます。
先生にお仕事をご紹介するのは無料です。しかし求人をしている医療機関からはコンサルティング料を頂いております。医療機関側も成功報酬を支払うのですから募集の要望は厳しいです。
私どもコンサルタントは、先生が行きたい病院を紹介するのではなく、病院が求めている先生を病院へご紹介するのです。勿論その病院が先生のご希望に合っていて相思相愛である事が重要ですので、そのために今日のように実際にお会いして、先生のお人柄や雰囲気まで理解した上でマッチングをさせて頂いております。『行きたい病院』が決まっているなら病院ホームページをご覧になりご自分で応募すれば良いことです。
コンサルティング料を支払っても『欲しい』というほど望まれて入職するという事は、先生にとって働きやすくて、結果的にとても居心地が良いのです。
これが、コンサルタントが間に入って入職する場合の最大のメリットです。」
ずっと大学の医局にいたので、関連病院以外の事は何も知らない、というA先生のようなケースに措いては、まさに私どもコンサルタントの出番である。

転職経験が無く、性格も明るく、指導医も持っていて、論文よりも手術を多くこなしてきた整形外科医。そして現在は大学病院の准教授という肩書きもある。私は、簡単に転職先を決められるだろうと高を括っていた。

ところが、A先生の転職先を選定するまでには4つの壁を乗り越えなければならなかった。

次へ続く

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