ドクター転職ショートストーリー

譲れない希望(上)

2012年5月15日 コンサルタントT

腎臓内科のO先生との出会いは昨年の10月。40歳代にして初めての転職で、関東地域への転居を希望されていた。

お住まいが遠方の場合、すぐに面談を設定することは難しいのだが、たまたま学会と重なり、すぐにO先生と面談することができ、お会いして色々とお話を伺うと、転職の理由は年俸アップ、役職、そして他の病院やクリニックでもっと経験してみたいとのことだった。また希望条件は、関東地域、医療法人社団が運営している、もしくはサポートして頂ける透析のクリニック、週4日勤務、夜勤なしなど色々と伺ったが、その時に聞いた内容は、ほんの一部にしか過ぎなかった。

面談時は構えている様子のO先生だったが、慣れてくると少しずつ本音を言ってくれるようになり、後方支援病院の距離が近い、重篤な患者を搬送できる基幹病院がある、自分の担当患者数は透析なら最高30名、穿刺は技師が担当する、実家まで交通の便が良い所など、希望条件は日々増えていった。

色々と求人を探していく内に、クリニックのすぐ側に本院があり、搬送先の病院もあるS会が見つかった。外来も完全予約制で、担当患者さんをゆっくり時間掛けて診ることができる。S会の専務理事に話を伺うと、理事長はO先生と同じ出身大学で、大変興味を持って頂いた。私はO先生にご案内する前に、専務理事へO先生の要望をぶつけてみたところ「全てのご要望にお応えすることは出来ませんが、なるべく先生のご希望に沿うように調整致します」と専務理事から返答を頂いた。

殆どの病院の人事担当者から「入る前からそんなにあれこれ言う先生は、受け入れは難しいですね」と断られていた為、S会の回答は一筋の希望の光のように感じ、帰社後すぐにO先生へS会の求人をご紹介した。O先生には大変気に入って頂き、面接の日程を設定した。

そして11月、O先生がS会との面接の為に上京された。「Tさん雨女じゃないの?」そんな軽口が出るほど、先生はリラックスしていた様子だった。面接には、O先生と同じ出身大学の理事長と専務理事が同席された。事前にO先生はクリニック勤務が希望と伝えていたのだが、同じ大学の後輩という気易さからか、理事長が「最初、1.2年本院で腎臓内科を診てくれないか?今は僕が診てるが、理事長の業務で他にやらないといけない事があるから、腎臓内科を診てくれると助かるんだよね。その後、クリニックの院長として勤務してくれるかな?」

O先生の表情が固くなった。真面目なO先生は、同じ出身大学の大先輩からの依頼は絶対的命令と思ってしまったようで、質問事項を書き込んだメモ帳を持つ手が固まってしまった。その後O先生の口から質問は殆ど出なかった。O先生は、帰る間際に専務理事が手渡そうとした病院のパンフレットも「ホームページを拝見しましたから、結構です」と断り、私は「駄目かもしれない」と感じたのだった。

そして、その1週間後、O先生から連絡があり「将来的なキャリアアップも考えて週5日で本院勤務しようと思います」という意外な返事だった。早々にS会に連絡し、本院勤務での雇用契約書を作成する段階にまで話がまとまってきたある日、O先生から「やっぱり条件が違うので辞退します」と、たった1行のメールが届いた。O先生に辞退の理由を尋ねてもはっきりした答えは頂けなかった。

次へ続く

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