信用と信頼(上)
2009年11月15日 コンサルタントH
「本当にありがとう。これで安心して引っ越すことができるよ。これからも色々と宜しくね」、面接を終えたK先生が微笑んだ。
4月初旬、K先生から弊社へ「常勤の求人を紹介してほしい」という内容の登録があった。早速メールで挨拶状を送り、その後何度か連絡するも、繋がらないまま2カ月が経過した。このままK先生と連絡が取れないのではないかと、半分諦めかけていたある日、1通のメールが届いた。それはK先生からの「面談の時間が取れそうです」とのメールで、私はK先生から指定された時間に電話をし、面談の約束を取り付けた。
K先生は30代後半で、腎臓内科、透析が専門であるが、一般内科や糖尿病内科も診察されている。現在は、家族と離れ、単身で急性期のI病院で勤務され、自宅には1カ月に一度だけ戻るという日々を送られている。
面談当日、K先生は「今の病院が大好きだし、何よりも勉強になる。本音は辞めたくないのです…。今、家庭のことを全て妻に任せていますが、お腹の中に2人目を授かりました。離れて住んでいることで、妻に負担が掛かったようで、体調を崩してしまったのです」
K先生は奥様の体調以外にも、子育てや今後の教育環境を考え、悩んだ末に家族の元へ戻り、一緒に住むことを決意された。
さらに、「大変、言いにくい話ですが、リンクスタッフだけではなく、他社にも登録しています。良い求人があれば、そちらを優先させていただきたい」とおっしゃった。
私は「ご安心下さい。帰社後、幾つかの医療機関へ連絡を取り、その中でも先生の希望条件に近い求人を紹介させていただきます。これは先生だけの問題ではありませんので、ご家族とじっくりと話し合われて、ご決断下さい」と伝え、面談を終えた。
K先生と別れた後、帰りの電車の中で二つの医療機関の求人が思い浮かんだ。
一つは200床以上の療養型病院で、県内でも有数の透析センターを併設しているH病院である。もう一つはN病院で、20床の規模ながら、敷地内に老人保健施設があり、在宅にも力を入れている。どちらの病院も糖尿病専門外来があり、「勉強したい」というK先生の希望にピッタリである。
帰社後、すぐにK先生に電話して、二つの病院を案内したところ、H病院はK先生が登録されている他社から案内されたあとであったが、もう一つのN病院はまだ案内されていないとのことだった。そこで、病院の概要、条件面、勤務内容を説明すると、興味を持っていただけた。その場では、面接の段取りをするのをあえて避けて、「奥様と相談していただいた上で、連絡をいただきたい」と伝えて、受話器を置いた。
3日後、K先生からN病院の面接を希望する連絡があり、すぐにN病院に連絡をして、面接の日程を調整した。
面接当日、院長先生と事務長が同席され、院長先生から病院の概要、求人募集の背景を説明していただいたあと、K先生が病院の経営方針、患者さまに対する考え方、今後の展開などについて、熱心に質問をされた。また、家族のことや教育環境など色々な視点で話をされたところ、院長先生にもK先生の熱意が伝わり、「是非お越しいただきたい」とおっしゃった。
帰り際、先生に「いかがでしたか」と、感想を伺った。K先生は「正直、悩んでいます。理事長のお考えや経営方針などは大変興味が持てますし、なにより共感できます。週1日を研究日として別の医療機関で勉強することも許可していただきました。また、私の家族のことも相談に乗ってくださり、条件面も私には勿体ないほどです。しかし一点だけ、研究日が週1日ですと、少し物足りない気持ちがあります。勉強したいことと家族のことなど、帰って、家族や両親と相談して決めたいと思います」
ここまで来ると、コンサルタントとしてできることはK先生の返事を待つ以外にはなかった。
2週間後、K先生から連絡があった。「今後も透析医療に携わっていきたい。条件面ではN病院から提示された額面は非常に魅力を感じましたが、H病院は透析医療を勉強していく上ではとても魅力的です。家族と何度も話し合いましたが、私の気持ちは変わりませんでした。今回はお断りしようかと思います…」
私は息を呑んだ。