ドクター転職ショートストーリー

涙(上)

2010年11月15日 コンサルタントS

H先生とのはじまりは今年3月。私は面談のお約束をしたく、H先生に連絡を入れたが、H先生は忙しいらしく「自宅から通勤圏内の案件紹介を願いたい」とだけ仰られ、電話は切れた。
この後、状況は劇的に変わる事になる。

翌日、H先生の情報が充分に無いまま、ご希望である「自宅から徒歩圏内」の300床の急性期病院S病院を紹介した。病院からも「希望年俸は十分応じることができる」と快諾頂き、病院の意向を先生に伝えると「ありがとうございます。そこまでして頂けたのなら、一度院長先生とお会いさせて下さい」と、快いお返事を頂いた。しかしそんな言葉とは裏腹に、この日から2カ月間、先生との連絡が全く取れなくなった。この間に、痺れを切らせたS病院側からは「今回の件は無かった事にして欲しい」と、断られてしまった。

後日、調査をしてみると、S病院は医師の大量退職で、残る先生方に全ての負担が掛かり、疲弊しきっているという事実が判明した。S病院を紹介していたH先生には複雑な思いで、事実をメールした。

それから3日後、突然2カ月振りにH先生から連絡が入った。「一度お会いして、ご相談したい事があります」と。
面談日当日、40歳のH先生は想像通りの優しそうな内科医だった。私がここ2カ月間のS病院とのやり取りを説明すると、H先生から意外な言葉が出てきた。
「正直に申し上げますと、私はあなたを試していました。S病院に対し、あたかも興味があるような振る舞いをした事に対してお詫びします。実はS病院への転職意思は無く、2カ月間連絡が途絶えてしまったのも、娘が深刻な病に侵され、転職どころではなくなってしまったからです。しかしS病院から断られてからも何度もご連絡頂き、またS病院の状況を隠さず全てを教えてくれた。私としては転職したい気持ちは変わっていません」
それから1時間、H先生からご家庭やお仕事の状況をじっくり伺い、私はY病院が頭に浮かんだ。Y病院は先生のご自宅からも程近く、特定疾患の為の病床があり、娘さんの骨肉腫が悪化した際も対応ができるなどの期待もあった。
面談の最後にH先生より「親族以外で娘の事を話したのはあなたが初めてです。今回の転職については全てお任せします」と言われ、私は強い使命感を感じた。

帰社後、早速Y病院との交渉を開始した。ところが現在Y病院は医師の募集はしておらず、理事長との面談を果たすまでにはとても苦労した。理事長とお会いして、H先生の人柄やスキル、それと現在の状況をお話したところ、とても興味を持って下さり、「1回お会いしましょうか」と嬉しい返事を頂いた。H先生に病院の意向を説明すると、「久し振りの面接で緊張するかもしれませんが、正直に全てお話するつもりです」と、H先生は緊張気味に話された。

当日、「今日は、宜しくお願いします」明るいH先生の声で、面接が始まった。面接では、先ずH先生の経歴についての質問、確認があり、終始順調に進んでいた。H先生はいつもよりよく話し、笑い声も絶えない和やかな雰囲気だった。
しかしH先生が、娘さんの病気の話に入った瞬間、その空気が一変した。
突然泣き崩れたH先生。それに対し何の術も無く、ただ時間だけが過ぎ、暫く室内は先生の泣き声だけが響いていた。
理事長の「医師である以上、例え身内であってもそれが職務に影響するようでは困る」との一喝で、面接は終了した。

次へ続く

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