些細な気付き(上)
2011年8月15日 コンサルタントS
今年の1月、弊社に60歳のK先生が登録された。公立病院にお勤めの循環器内科、老人内科の医師で、定年を控え4月から新しい職場を探しているとの事であった。早速、面談をお願いしようとしたが、なかなか連絡が取れない。2週間が過ぎたころ、ようやく電話に出て頂けた。K先生は大変寡黙な方であったが、少しお話を伺うことができた。「現在の職場は車の通勤が1時間半かかり大変」「当直はないが、夜遅い勤務が多い」「現役としての勤務に疲れている」、しかし、肝心な勤務希望条件を伺う事はできなかった。
候補の医療機関を絞るには情報が少なすぎる為、多少の不安を抱えつつも、おおよその仮説を立ててみた。現在は立派な公立病院の循環器内科医として勤めているが、臨床の最前線にお疲れなのは間違いない。循環器内科ではなく、一般内科でゆとり勤務を希望されているのではないか。勤務時間は現状より少なく、週に4.5日程度が希望であろう。となると、当直無しの診療所やクリニックも対象になるのではないか。また、ゆとり勤務ということであれば、老健、療養型も対象になるはず。車の運転自体はお好きかもしれないので、訪問診療も視野に入れるべき。当然、自宅の近くでないと意味はない。年齢も考慮して、長く勤務できるところが良いであろう。そんな仮説から、一般病院、診療所、クリニック、老健、在宅、療養型と、一通りの医療機関を選択肢として、最も条件の良い医療機関をそれぞれ1施設ずつ紹介することにした。情報が多岐にわたる為、事前に各医療機関の特徴を要約した資料を準備した。
いざ面談の日。K先生は約束の時間より遅れて来られた。急な仕事が入ったうえ、K先生が指定された場所でなかなか駐車場が見つからなかったとの事であった。K先生はすっかりお疲れの様子で、私の説明も少し上の空であった。このまま長々と説明しても、K先生のご迷惑になるだけだと判断した私は、早々に面談を切り上げることにした。「不明な点がございましたら、いつでもご連絡ください」とお伝えすると、K先生は「わかりました。家でよく検討してみます」と、資料を封筒にしまい、家に帰られた。K先生がいかにお疲れか、実感させられた。
面談後しばらくして、K先生から最も気になる医療機関を挙げて頂けた。AクリニックはK先生の自宅近くにあり、院長と非常勤医師の2診体制。非常勤医師を常勤医師に替えたいという求人であった。クリニックの院長と事務長にK先生のお話をすると、「是非、面接をしたい」との返事を頂いた。院長が40歳代と若い先生であったので、60歳のK先生との年齢差が少し心配であったが、院長は「患者さんには高齢者も多いので、K先生には高齢者を中心に診てもらいたい。個人的には年上だからといって、仕事に支障はありません」と仰り、私は安心した。K先生に院長との話をお伝えすると、「是非、Aクリニックを見てみたい」との答えを頂けたので、週末の診察終了後に面接を設定した。
週末が来て面接が始まると、K先生の目の色が変わっていた。事前に送った資料を一つずつ確認するように院長に質問し始めたので、これがあの寡黙なK先生かと驚いた。患者層、患者数、性別比、世代構成、主な疾患、クリニック内の設備など、質問のやり取りが続く中で、私は60歳のK先生と40代院長の世代のギャップを感じていた。事前に年代のギャップは問題ないと双方に確認していたものの、想定外の現実であった。面接が終わり、「K先生、どうでしたか?」と伺うと、「ずっと勤務医であったので、クリニックは初めて見ました。意外にアナログなんですね」その一言に望みの薄さを感じ、話を切り替えた。「ところでK先生、ご転職の理由は定年だからですよね。でも、現在の病院に残る選択肢はないのですか?」するとK先生は「今の病院は大学の先輩に誘われて移りました。先輩が院長をされていたので勤務を続けていたのですが、数年前に引退されたので今は病院に残る理由はないのです」と、初めて内情を教えて頂けた。私は「これだ」と思い、Aクリニックの結果が出る前ではあったが、次の行動へ移す事にした。
通勤1時間以内の医療設備の整った施設で、理事長もしくは院長がK先生と同じ大学であること。これらの条件に当てはまる医療機関が対象になるだろう。まず、選択肢からクリニックと診療所を除き、更にK先生の自宅から公共交通機関できっちり1時間以内の医療機関に絞った。さらに、医療機関の理事長、院長の出身大学を調べた結果、唯一残った医療機関がK先生の地元にある老人ホームを併設するケアミックスのB病院であった。早速、B病院の事務長にアポイントを取り、求人条件を細かく伺うと、申し分のない非常に良い条件。しかも院長はK先生と同窓で1年先輩であった。院長もすぐに「K先生と会いたい」と言って下さった。事務所に戻るとすぐに、B病院の詳細資料をK先生にメールで送り、電話をかけた。「この病院は院長が、先生のご卒業された大学の先輩です。事務長も同窓です。家からも近いですし、当直もありません。通勤可能エリアでは、他に同条件の病院はありません」私の思いが伝わったのか、K先生は再び重い腰を上げ、面接に応じて下さった。