仲良し夫婦の転職(上)
2012年3月15日 コンサルタントT
残暑の厳しい9月中旬、弊社から発送しているDMが返信されてきた。DMに記入されているK先生の達筆な文字から、とても凛々しい印象を受けた。K先生は65歳で、専門は皮膚科と内科。現住所はN県だが転職希望は近隣のS県と記入され、希望事項は「良い所がありましたら、よろしくお願いします」と記入されているのみ。K先生に質問したい事は山ほど募り、達筆な文字から受けた印象と「どんな先生だろうか」という楽しみな気持ちを抑えつつ、私は携帯電話へ連絡を入れた。
「はい、もしもし」と、受話器の向こうで出たのは、おしとやかな老年女性だった。まさか奥様が携帯電話に出られるとは思っていなかった為、少し動揺したのを覚えている。K先生ご本人に代わっていただき、挨拶を済ませた後、話題を希望条件に移した。希望条件としては、老健施設の施設長で週5日勤務で、年俸は1,500万円。正直、年俸面に関して案件が限られてくる条件だった。その後、面談の日時を約束し、電話を切った。
面談当日、K先生のご自宅から最寄り駅付近にあるホテルのロビーで待ち合わせたが、ロビーを見渡してもK先生らしき方は見当たらなかったので、携帯電話へ連絡を入れることにした。その瞬間、私の背後から「もしもし」と声が聞こえてきた。振り向くと仲の良さそうな老夫婦が、笑顔で私を迎えてくださった。K先生はしっかりとした体つきの気さくな方で、DMの文字から受けた印象とは少し違っていた。「ごめんなさいね、家内がどうしても同席するってうるさくて・・・」と言うK先生に「そんなこと言わないでよ」と笑顔で突っ込みを入れる、可愛らしい小柄な奥様。こうして先日電話に出てくださった奥様も、面談に同席する形となった。
K先生は現在、N県の療養型病院の院長として2年前よりご勤務されているが、以前はS県の老健施設にお勤めされていた。N県へ転職した背景を伺うと、お知り合いから「手伝って欲しい」という誘いを受けたことと、奥様の「N県に行ってみたい」という意見の合致によるものだった。S県には以前住んでいたマンションをそのまま残しており、現在も月に一度のペースでマンションへ戻っている。子供は自立しているがN県よりS県の方が近い為、今後の事を考えると安心出来る。勤務地はそのマンションから車で通える範囲がベストだが、宿舎を準備してもらえるならば少し距離が離れていても構わない。マンションには今のように定期的に帰ることが出来れば良いとK先生は楽しそうに話してくださった。今回の転職背景を伺っている会話の中で「実はね、DMを書いたのは私なんです。主人に内緒で書いて送ったの」と恥ずかしそうに奥様が話された。あの凛々しい綺麗な文字を書かれたのはK先生ではなかったのだ。なるほど、と納得していると、奥様は「実は私が一番S県に帰りたいと思っているの。ご紹介よろしくお願いします」と、深くお辞儀された。「精一杯頑張ります」と私もお辞儀をし、面談は終了した。
翌日、すぐに老健の施設長求人を探し始めた。求人をいくつかピックアップできたが、年俸の相場は1,200万円、良くて1,300万円である。なかなかK先生の希望に沿った案件を見つけることは出来ず、数日が経過した。結局、100%希望に沿えるものではなかったが、老健Mと老健Hという2パターンの案件を準備した。老健Mはマンションから通える範囲だが、年俸は1,440万円。もう一つの老健Hは、年俸に関しては希望通り1,500万円だが、マンションから通うには遠い。その代わりに宿舎を家賃無償で借りることが出来る。どちらの案件も土日祝日が休みの週5日勤務である。夜にK先生へ案内したが、K先生は「どちらかというと老健Mかな、検討します」と煮え切らない様子だった。
K先生へ案内した数日後、老健Hより「先生の進捗はどうか」という問い合わせが入った。検討頂いている旨を伝えると、老健Hの担当者から「実は本日、同業他社から施設長を希望する先生を1名ご紹介頂きまして、その先生は来月にも施設見学に来てくださる事が決定しました。その先生は施設のお近くに在住なので、宿舎の必要がないんですよね。しかし、先にリンクスタッフさんからご紹介頂いた以上、そちらの先生には優先的にお会いしたいと考えております」と状況を教えてくれた。
慌ててK先生に老健Hの状況をご説明したかったが、その夜K先生は当直だった為、 明日の夜再度K先生にご説明しますと奥様へお伝えし、電話を切った。
翌日昼過ぎ、他にも提案できる案件がないか探していると、K先生の奥様からお電話を頂いた。「主人はこの前老健Mが良いと言っていたけれど、私は老健Hでもいいなと思うの。確かに老健Mの方がマンションから通えるけれど、老健Hはとても対応が良いし、希望に答えてくれるし・・・けど他にも候補者がいらっしゃるんですよね?だから少しでも早く動きたくて・・・」と、雑談を交えながら奥様は心境を語ってくださった。その夜K先生へ電話し、お返事頂いた内容は「来週末にS県のマンションへ帰るので、そのタイミングに合わせて両施設の面接を組んでください」との事だった。奥様に説得されたのかな…と、仲良しご夫婦の微笑ましい会話が容易に想像出来た。
早速、両施設に面接をお願いした。老健Hは快く対応してくださり、K先生がS県に戻られる土曜日の午後に面接の設定が出来た。先方は土曜日休みにも関わらず、K先生に合わせてくださった。しかし老健Mは、今回はタイミングが合わず面接を設定することが出来なかった。老健Hの迅速な対応にK先生は喜び「もう余程のことでもない限り、老健Hに決めてしまうつもりです」と、意気揚々に話された。